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どうにか動揺を押さえて、二人揃って店を出た。
「美味しかった。良い店を教えてくれてありがとう」
「…いえ」
「そういえば、美花さんのアパートはどの辺り?駅に戻ると遠くなる?」
「えっと…」
これはどう答えるのが正解なんだろう?おしゃべりというのは、本当に難しい。事実を言ったら何か誤解を招きそうだし、嘘をつくのは店長さんに申し訳ない気がする。
「あ、心配しないで。無理矢理送るとか言わないから。でも、何かあったら困るから、あまり遠くない方がいいかなと思って」
「…実は、この店の、裏なんです」
「そっか!それはラッキーだね。とんかつの香りが漂ってきそう。それは、通うわ、我慢できない」
反応は、予想していたのとは少し違った。家の近くに男の人を連れてきた、軽い女だと思われなかった。その上、私のお気に入りの店を誉めるような言い方。
この人は、きっと誰かを貶めるようなことを言ったり、したりする人では無いと思った。その意識が自分にも向けられるのは、嬉しかった。
私は店長さんの顔を見上げた。
「人たらしって言われません?」
「言われたことないなー。女たらしは、昔さんざん言われたけど」
うーん。そうかもしれない。それなら、さっきの考えは訂正しようかな。
この辺りは飲食店が多いと思っていた。一人で入るのはとんかつ屋さんだけだし、それ以外の店に入ったことがなかったから意識したことがなかった。
よく見れば、夕方から営業する店ばかり。
「じゃあ、少しだけ飲みますか?美花さん、アルコールは?」
「少しなら。たぶん」
“たぶん“です。いい年ですが、ほとんど飲んだことはありません。
「じゃあ、多くても二杯にしましょう。」
「なぜですか?」
「一杯じゃあ寂しいし、飲みだしたら止まらなくなりそうでしょ。楽しくて」
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