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「そんなこと、母さんよりも俺の方がよく知ってるよ」
また何か言いかけた母親を止めた父親が、俺に言った。
「先のことはまだ分からないし、何も二人が険悪になる理由もないだろう。母さんも、反対してる訳じゃないんだ。ただ」
父親が言葉を切った。
「正直なところ、あのとき驚いたし戸惑ったのは事実だ。聡明な印象が強かったから、尚更」
「それは、…よく分かる。ごめん。嫌な言い方した。」
「怒るなよ。自分にとって大切な人の親なら、1回会えば普通なら顔くらい覚えるだろう、とは思った。だから、教えてもらってよかった」
今日は珍しく父が口を利く。気に掛けてくれているのは、よく分かった。
「俺、彼女に会いに行ってくる。遅くなるか、泊まるかもしれないから」
祖母は自室にいたけれど、玄関まで見送りに来てくれた。
「寝てたのに、大きな声でやり取りするから起きちゃったよ」
「ごめん。ばあちゃん」
「まあね。…あなた次第よ。大樹」
「分かってる。ありがとう。ばあちゃん」
「それに、あの子の覚悟も要るわね」
「…?」
何のことか分からなくて、無言でばあちゃんを見返した。
「ああいう子は、好きな人のためならって身を引くでしょう。諦めることに慣れすぎてる。仕方ない。自分が悪いって」
考えてもみなかったけれど、その通りかもしれない。
「分かった。ありがとう。俺、会いに行ってくるから」
「そうなさい。それからね。大樹、どんなときも真摯に丁寧に物事に当たりなさい。」
最後はほとんど聞き取れなかった。歩きながら、たぶんそう言ったんだろうなと思い返した。
俺は車を走らせて彼女のアパートに向かった。彼女のアパート近くのパーキングに着いたのは、ちょうど10時だった。
“家にいる?”
“今どこ?”
“帰ってきてる?”
たて続けに送信して、焦っている自分に気付く。既読は付かない。もう一度だけメッセージを送って、パーキングに停めた車内で待つことにした。
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