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20分ほどして、握りしめていた携帯が鳴った。彼女からの返信。
“急ぎの仕事で遅くなったの。少し前に家についてお風呂に入っていた。気付かなくてごめんなさい”
“今から行く”
入力しながらすぐ車を降りて、彼女のアパートまで走った。チャイムを鳴らすと、インターホンから彼女の声が聞こえる。
「どちら様ですか?」
「俺だよ。美花、開けて」
間があって、彼女の顔がU字ロックを掛けた状態で見えた。彼女の手の中の傘に気付いた俺は、ホールドアップ。
「俺と美花はどんな状況も楽しめそうだね」
彼女はドアのU字ロックを外して招き入れてくれた。
「いつもこんなふうにするの?」
彼女が持っていた傘を取り上げて、傘立てに入れながら尋ねた。
「誰なのか自信がないから、自衛です」
「良かった。美花が賢い上に逞しくて」
「そんなことありません」
いつものように笑うことなく、彼女はそっと目を伏せた。
「泣いてたの?」
俺は、彼女の目元に指で触れた。
「泣いていません」
「目の縁が赤い」
「辛いことも、悲しいことも、何もありませんから」
彼女の表情も言葉遣いも、一向に解れる様子はない。
「美花、食事は?」
「食べました」
「何を?」
「…簡単に」
「いつ?」
「…お風呂の前」
-
彼女はたぶん嘘をついている。俺は苛々していて、言葉数が少なくなってしまう。努めて、いつも通りにしようとした。すると、彼女が俺に尋ねた。
「どうやって、ここに?」
「車で来た」
「どうして?」
「美花が話したいこと、あったんでしょ?」
「でも、明日って」
「心配だから。…美花はすぐに我慢する」
「そんなこと、…ありません」
「それに、すぐに諦めてしまう気がする」
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