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 彼女は、答えずに俯いた。 「俺、入っていい?」 「はい」 「その前に、充電させて」  最後の賭けのつもりで抱き締めようと手を伸ばしかけたとき、彼女は一歩足を引いた。その手で、彼女の頭を2回ぽんぽんと叩いた。掛ける言葉が見つからない。 「少しの間…自分で考えます。二人のことなら相談します。私自身のことは、大樹さんに委ねられない」  俺にとって、それは拒絶だ。込み上げるのは、落胆に苛立ち、寂しさ。  なんとも言えない気持ちを抱えつつ、尋ねた。 「俺が委ねてって言っても?」 「…はい。私はずっとこうやって過ごしてきたから。それを変えたら…」 「何?」 「全部失くしてしまいそう」  なぜか、膨らんだ芍薬のつぼみに触れた途端、はらはらと花びらが散った初夏のことを思い出した。  俺は、彼女から手をそっと離した。頼ってもらうことすらできない俺は、彼女にとって何なんだろう? 「母は、理解してくれると思う。美花を不安にさせるようなことをしたなら、ごめん」 「お母様は、何もしていません。私に、考えも覚悟も足りなかっただけ」    俺は、彼女をじっと見つめた。知らない人を見るような気分だ。このまま一緒にいたら、思ってもいないことを口にしてしまいそうだ。 「今日は帰るよ。美花から連絡があるまで、待ってる」  結局玄関に立ったまま話していた俺は、くるりと背を向けた。 「前に、美花は芍薬に似てるって言ったの覚えてる?」 「…はい」 「自分の蜜でがんじがらめになった蕾を咲かせることを、俺は幸せに思うんだ。……食事だけは、ちゃんととって。お休み」  俺は静かにドアを閉めた。追いかけてくれるんじゃないかと思って、少しだけドア横の壁にもたれ掛かった。でも、さっきの彼女の表情を思い出して、すぐにその場を離れた。  彼女の気持ちがわからない。
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