01 菖蒲華

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 あれから、4日後の金曜日。  私は、また仕事帰りに“eternal”に立ち寄った。本当は、他にもルートがあるけれど、定期的に通うようになってから、お花が見たくてこの道を通るようになった。  今日は、店長さんに咲かせる極意を教えて貰ったお礼に、満開の“あのこ”を見せたい。  “あのこ”に朝の挨拶をしようとしたとき、全ての花弁が綻んでいるのに気付いた。重なったところが桜の花びらのような色に見えるのに、全体としては白。薄い花弁がベールのように透けて、本当にきれいだ。この瞬間を残そうと思って、写真に収めた。   「4日、掛かったんですか?」  気になったようで、店長さんが尋ねてきた。綻び始めると、一気に咲くことが多い花だからだと思う。 「エアコンで、こまかく温度管理しているんです。“緑さん”の正体見たり!って感じでしょ?」 「いや、やっぱり“緑さん”だ」 「ずるして、花を保たせてるだけですよ?」 「温度管理までするから、すごいんですよ。湿度もでしょ?」 「はい。それはもちろん」 「調べたところで、詳しくは載っていない。原産地と同じで良い訳でもない。品種改良されているから。勘と経験でしょ?」 「そう、…かも」 「だから、すごいんだよ。一朝一夕では出来ない。俺だって、何年もかかった」  店長さんが慌てたように口を押さえた。  いつもの穏やかな話し方とは違う、砕けた話し方。高さもトーンも速さも全然違うけれど、しっくりきた。きっと、これが素なんだろうな。気取りのない素直な話し方。 「いいと思いますよ。“俺”でも、砕けていても。話し方を変えるのは、花屋さんの店長だからですか?そもそも植物を愛でるのが、高尚な趣味でなきゃいけないような、そんな風潮がいけないんです」  店長さんが口を開けて私を見ていて、はっとした。また、昔みたいに強気な口調で話してしまっていた。  さっきからずっと。  最後は、余計なことまで言ってしまった。   「す、すみません。私の方が口が滑りました。また来ます。失礼します!」    偉そうに、しかも親しげに人に口を利いてしまった。私は、無意識でそうしていたことに驚きと戸惑いを感じた。 ー困った時は、逃げるに限る。   この場を離れよう。  ベストタイムじゃないかと思う速さで、お店を出て走り出した。
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