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動揺したまま家まで走って帰った。さすがに、途中息切れがしてペースは落としたけれど。部屋に入り、やや冷えた室内の温度になぜだかほっとした。
「ただいま」
返事はないと分かっていても、“あのこ”に声をかける。朝よりもふんわりした印象だ。少しでも長く咲かせていたい。
そう思った瞬間だった。
「さむい」
“あのこ”の声だった。
「わたし、あたたかくなったらさくの。だから、さむいのはいや」
「こうしたら長く咲けるの」
「さむいとながくて、あたたかいとみじかい?」
「そう。私はあなたに長く咲いていてほしいと思った。とてもきれいだから」
「はやくおわってしまってもいいの」
「どうして?」
「それではやくおわったとしても、わたしらしくありたい」
その声は切実なようで、でも楽しそうで、確信に満ちている気がした。
たから私は、泣きそうになりながらエアコンを切った。普段なら、まだエアコンは使わない気温だったから。
「ありがと」
かすかに声が聞こえた気がした。
なるべく自然な状態で、水をこまめに替え水切りをした。でも、火曜の朝、起きたときにはほとんどの花弁が落ちてしまっていた。月火と、気温は上がっていたから。
立ち尽くしていると、本当にかすかに“あのこ”の声が聞こえた気がした。
「ありがと」
その日は、朝から雨が降り続いていた。
お気に入りの淡い桜色の傘を差して、仕事に向かったけれどやはり気持ちは沈む。
それに、今まで大切にしていた花はどうだったのだろう?“あのこ”と同じに、自分らしくあることを望んでいたとしたら?
そうだとしたら、私がしていたことは只の自己満足だ。
漸く仕事を終えて、帰途に着いた。
また、eternalの前を通る道を歩いていた。でも、新しいお花を買う気にはなれない。どう扱ったら良いか分からない。店に入れず佇んでいたら、穏やかな声が聞こえてきた。たぶん、店長さん。
「どうしたんですか?」
「あの子が……」
そう言うと、何が起きたか察してくれたみたいだ。労るような表情に見えた。だから、考えなしに口走っていた。
「エアコンは嫌だって……だから」
「はい?」
伝わるはずがないことに気付いて、慌てて誤魔化した。
「いえ。あの子の代わりを探す気持ちになれなくて。でも、お花がないと気持ちも晴れないんです」
「グリーンは如何ですか?」
私は恥ずかしいのに、気遣ってもらえたことが何だか嬉しくて、自分がどんな表情をしているか分からないから俯いた。
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