01 菖蒲華

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「すみません。変なことばかり言って」 「とりあえず、店に入りませんか?」  私は頷いて屋根の下で傘を閉じ、傘の雨水を払ってから店内に足を踏み入れた。  ぐるりと店内を見渡すと、グリーンと優しい色合いの花達。二度深呼吸をした。 「やっと、普通に呼吸ができた気がします」  苦しさが少し和らいだ気がした。 「外に出しているお花も中に入れると、こんな風になるんですね。贅沢なお花畑みたい」  こんな雰囲気のディスプレイを、いつか作ろう。イメージが膨らんで、少し気持ちが明るくなった。 「確かに、素敵な空間ですよね」  店長さんの声を聞きながら、気になった花を屈んで見つめた。これは、何だろう? 「クレマチスの葉みたいですけど、これは何ですか?」   「クレマチスの親と言えば分かりますか?」  これは、私をテストしてるな?図案で見たことがある。テキスタイルにもあった。 「もしかして、テッセンですか?」 「はい。その通りです。“緑さん”」 「図柄やイラストでは見かけますが、こうして本物を見るのは初めてです。小ぶりなんですね」 「普通は8センチ以上の大きさの花なんですけれど、プランターで育てたせいか、花が小ぶりなんですよ」 「店長さんが育てたんですか?」 「はい。そうです」 「きれいですね。私、芍薬やダリアが好きなんですけど、華やかさが好きと言うより、和の雰囲気もあるのが好きなんです。テッセンもいいなあ」  店長さんと話していたのに、またお花に話しかけてしまった。 「これにします!」  私は姿勢を正して、はっきりと告げた。短い命でも、花をまた咲かせたいから。 「申し訳ありません。これは売り物ではないんです。ずっと俺が育てていて、今年からここに連れてきたんです。」 「そうでしたか」  店長さんの言葉には、花に対する愛情がある。単なる商品じゃないから、ここの花はこんなに元気なのかも。 「可愛くて、傍に置きたくなって」  やっぱりそう。花を愛でる人だ。
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