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「そうですよね」
私は自然に笑っていた。この人になら、“あのこ”の声のことも話せる気がする。
そんなことを考えていたら、店長さんが剪定するテッセンを何本かくださると言う。それはあまりにも申し訳なくて、お断りした。でも、何か買ったらそのおまけに、とまで言ってくださるので、ご好意に甘えることにした。
戸惑いながらも、私は店内を見渡した。まだ、“あのこ”に似た花を買う気にはならない。かと言って、グリーンだけでは一層寂しくなる。そしたら、ニゲラが目に留まった。
ブルーの花弁に、糸状の葉。ドライフラワーにもできるし、花が終わったあとの膨らんだ実もかわいらしい。ディスプレイに時々使うこともある。
「これでも良いですか?5本いただけます?高くないお花で申し訳ないんですけど」
「いつも通り、3本でもいいですよ」
「いえ、今日は5本。実は少しだけ、お給料が上がったので。これからは5本にしようかと思って」
なぜか不思議そうな表情をした店長さんが、私に尋ねた。
「上がったのは基本給?」
「いえ、歩合制の方の割合と言うか。でも、どうしてそんなことを?」
「すみません。立ち入ったことを。これでも私は雇い主なので、参考にしたかったんです。あなたと同じ年頃の社員がいるので」
「そうなんですね」
包装が済み、レジに表示された数字を見て、ちょうどの金額をトレイに置いた。千円でおつりがくるくらいだから、せめて、煩わしいことをさせないようにしたかった。
テッセンを3本切って簡単に包み、同じ袋に入れて手渡してくれた。おまけに私を気遣うような言葉の数々。赤く腫れ上がった傷を、癒してくれているみたい。
私は、店長さんに“あのこ”のことを聞いてほしくてたまらなくなった。
「……あの」
「はい?」
「店長さんは、花の声が聞こえますか?」
ドアを開けた状態で、私の小さな声は雨の音で店長さんに届かなかった。
それで良かったんだ。きっと。
「いえ、何でもないです。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
帰り道、歩きながら店長さんの「はい?」という声がリプレイされる。あれは、不審に思った声じゃない。純粋な疑問だ。しかも、教えてほしいと思ってくれているような。
だから、私はとてつもない決心をした。
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