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02 半夏生
金曜日。かなり急いで事務仕事を終えて、eternalの営業時間に間に合うように急いだ。閉店15分前。店の外に出していた植物を中に入れている店長さんに「こんばんは」と声を掛けた。
「こんばんは。今お帰りですか?」
あ、今は「大人店長」の声だ。
「はい。だいたいこの時間に帰宅するんです。」
「お疲れ様でした」
「まだ、いいですか?」
何となく、確認せずにいられない。
「もちろん。営業時間内ですから。」
「この間の“贅沢なお花畑”癖になりそうです。自宅では絶対できないですから。」
賑やかになり始めている店内で、幸せな溜め息が漏れてしまった。
女性の店員さんが微笑んで「お先に失礼します!」と帰って行った。
私は女性の店員さんに会釈すると、また花を眺めた。しまった。今日は店長さんにお願いをするつもりできたのに。
ここに来ると、どうしても花を買いたくなる。きっとみんなたっぷり愛情を受けて、きれいに咲いているから。或いは、咲き出すのを心待ちにしている蕾だから。
最近、こうして来店する機会が多い。だって、eternalの店長さんは、私が知るなかで一番花の知識が豊富だ。それに、花の組み合わせ方がとてつもなくセンスが良いと思う。尊敬と親しみを感じている。
だから、お願いしてみようと思った。
「店長さん。お花のことで相談があるんですが、少しお時間いただけますか?」
「はい。かまいません。ただ、狭い店なので…」
それではお礼ができないから、もう少し勇気を振り絞ろうと決めてきた。
人生で初の挑戦。
花の専門家とはいえ男性だから、躊躇いはあった。けれど、今私が相談できるのは、この人しかいない。
「良かったら、お茶かお食事でもしながら」
「えっと。はい。かまいません。それなら…」
「今日は、これにします」
勇気を出して伝えてOKが出たのだから、今できるお礼は、売り上げへの協力のはず。いつもなら買わない、バラの花を指差した。単価が高くて、あまり見かけない品種。
「月曜の店休日以外だと、私の体が空くのは閉店後になります。美花さんはそれでもかまわないんですか?」
「ええ、仕事がなければ、私は特に出歩くこともほとんどないので」
私は正直に答えた。相談して、返答を聞きたかったから。
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