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「いつもは、一人です。変ですよね。たぶん。女性一人でとんかつ屋さん」
おばちゃんに聞こえないように、声を潜めて私は言った。
「良いと思いますよ。男女関係ないですよ。美味しくて体に良いものは。それに、毎日じゃないでしょ?」
「もちろん!ちゃんと普段は作って食べてますよ」
あ、またつい出てしまった。
ここ何回かで思い出した。
たぶん、これが私の素だったんだ。
なんだか遣り取りが楽しくて仕方ない。
私は店長さんの小皿にソースを注ぎ、店長さんは割り箸を取り出して、手渡してくれた。
「いただきます」
いつものように両手を合わせて挨拶した。店長さんも同じような仕草。
何だろう。
この懐かしい感じ。
こんなに寛いで話せる男性は、今は私には兄しかいない。きっと、その感覚だ。
「店長さんには何だか話しやすくて。なんとなく、兄と過ごした時間を思い出します」
「一緒にお住まいなんですか?」
「いえ、私だけ家を離れて独り暮らしをしています。実家は都内なんですけど、駅から遠いので仕事が遅くなったとき、とても不便で。結構な頻度で家に帰っていますけど」
「ホームシック?」
冷やかすように、店長さんは言った。
いつもなら適当に流せるのに、素が剥き出しになっていたからか本音が隠せなかった。
「…忘れないように、です。」
「冷めちゃいますよ。熱いうちに食べましょう。」
たぶん、言葉が重なったから、聞こえなかったはず。
私は頷いて、再び食べ始めた。私はキャベツをお代わりし、店長さんはご飯と豚汁をお代わりしていた。おいしく食べてくれたようで嬉しい。
食べ終わるとほぼ同時に、おばちゃんがほうじ茶を出してくれた。
「また、動けないくらい食べたでしょ?休憩してから帰るのよ」
「ありがとうございます」
いつも通りに遣り取りをしていたら、店長さんに聞かれた。
「常連さん?」
「1年くらい通っているので」
「うちと同じくらいだね」
「私、気に入ると通い詰めちゃうんです。安心できるし」
「それは良かった。お気に入りにして貰えたみたいで。俺の店も」
やっぱり、「俺」と言って話すときの店長さんの寛いだような声にほっとする。
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