02 半夏生

4/14
前へ
/190ページ
次へ
「いつもは、一人です。変ですよね。たぶん。女性一人でとんかつ屋さん」  おばちゃんに聞こえないように、声を潜めて私は言った。 「良いと思いますよ。男女関係ないですよ。美味しくて体に良いものは。それに、毎日じゃないでしょ?」 「もちろん!ちゃんと普段は作って食べてますよ」  あ、またつい出てしまった。  ここ何回かで思い出した。  たぶん、これが私の素だったんだ。  なんだか遣り取りが楽しくて仕方ない。  私は店長さんの小皿にソースを注ぎ、店長さんは割り箸を取り出して、手渡してくれた。 「いただきます」  いつものように両手を合わせて挨拶した。店長さんも同じような仕草。  何だろう。  この懐かしい感じ。  こんなに寛いで話せる男性は、今は私には兄しかいない。きっと、その感覚だ。   「店長さんには何だか話しやすくて。なんとなく、兄と過ごした時間を思い出します」 「一緒にお住まいなんですか?」 「いえ、私だけ家を離れて独り暮らしをしています。実家は都内なんですけど、駅から遠いので仕事が遅くなったとき、とても不便で。結構な頻度で家に帰っていますけど」   「ホームシック?」  冷やかすように、店長さんは言った。  いつもなら適当に流せるのに、素が剥き出しになっていたからか本音が隠せなかった。 「…忘れないように、です。」 「冷めちゃいますよ。熱いうちに食べましょう。」   たぶん、言葉が重なったから、聞こえなかったはず。  私は頷いて、再び食べ始めた。私はキャベツをお代わりし、店長さんはご飯と豚汁をお代わりしていた。おいしく食べてくれたようで嬉しい。  食べ終わるとほぼ同時に、おばちゃんがほうじ茶を出してくれた。 「また、動けないくらい食べたでしょ?休憩してから帰るのよ」 「ありがとうございます」  いつも通りに遣り取りをしていたら、店長さんに聞かれた。 「常連さん?」  「1年くらい通っているので」 「うちと同じくらいだね」 「私、気に入ると通い詰めちゃうんです。安心できるし」  「それは良かった。お気に入りにして貰えたみたいで。俺の店も」    やっぱり、「俺」と言って話すときの店長さんの寛いだような声にほっとする。
/190ページ

最初のコメントを投稿しよう!

227人が本棚に入れています
本棚に追加