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「あなたは洗濯が好きでしょう? 洗濯機はあなたが持って行っていいから」
同棲生活を解消することになった彼女に言われたのは、洗濯機が水を吹き出して数週間後のことだった。
「君は、あの洗濯機が水を噴き出した原因は洗濯機の故障だと、未だに思っているのか?」
「いいえ、そうじゃないけれど、私はあの洗濯機を使わないから。それにあなたは洗濯が好きでしょう?」
「んん。洗濯は嫌いじゃない。そうだとしても、僕が洗濯機を持って行く権利があるとは思えないな。何かを間違ったのは僕のはずだから」
それ以上の言葉を何度交わしても堂々巡りだった。最終的には僕が折れて会話は終わった。
電化製品をいくつか新調して始めた同棲生活であったが、洗濯機だけが僕の所有物となり、冷蔵庫もこたつもエアコンも全て彼女の所有物になった。
僕は衣装ケース1つぶんと、ハンガー10個にも満たない服を車の荷室に積み込んだ。雑多なものは段ボール2個もあれば収まってしまったので、後部座席に乗せておいた。
彼女と同棲していたアパートの一室は、彼女の名義に変更した。こういった時の住宅屋さんは親切なもので、大家さんにもすぐに話が通り、いくつかの書類に名前を書きハンコを押すだけで手続きは済んでしまう。
僕の所有物となった洗濯機だけは便利屋に運んで貰うことにした。
どうせ離れるのは2つ隣の街なのだけれど、僕の車で運ぼうとすると洗濯機は如何せん大き過ぎる。無理をすれば後部座席を倒して乗せることはできたが、どうも洗濯機だけのために車でもう一往復する気にはなれなかったのだ。
「じゃ。また、いつかね。」
「んん。また、いつか。」
アパートと彼女に手を振り、車を運転していると、僕の頭には当然のことのように彼女が浮かぶ。
彼女とは上手くいくと思っていた。
僕は彼女の夢を見ていたし、彼女も僕の夢を見ていたはずだった。好きなモノは基本的に一緒だったし、考え方もそう違ってはいなかった気がする。
それに、嫌いなモノが一致すれば長続きすると聞いたことがある。これについても、僕と彼女の嫌いなモノは共通していたと思う。例えば、一時停止で徐行しかしない車の運転手とか、助手席でシートベルトを締めないタイプの人とか。あとは、なんだっけ、忘れちゃったな。
とにかく、それでも僕と彼女は別れることになった。もう元には戻れないこともなんとなく分かる。それはたぶん、僕が彼女の洗濯物を柄物と白いものに分けずに洗ったせいで色移りしてしまった程度の、どうしようもないことだ。
僕は洗濯をするのが好きだった。
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