色移り

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 一人で暮らすアパートは1LDKにした。  僕はコンパクトに生活するのが得意だったけれど、なんとなく1Kの部屋に住む気にはなれなかった。“LD”が付くか付かないかの違いだけど。僕には洗濯機が所有物になるかどうかよりも、“LD”が付くことの方が重要だったのだ。  便利屋が洗濯機を指定の場所に置いていった。アースを取り、コンセントを差し込む。  排水管を繋ごうと、洗濯機の下から生えている蛇腹のホースを下に向けると、変な色の水が滴って床が汚れてしまった。比較的新しいアパートだったので、綺麗な床を汚してしまったのが気になったし、洗濯機そのものの汚れも気になってしまって、この際だから全部綺麗に拭いておくことにした。  固く絞ったタオルで、洗濯機の蓋の部分から拭いていく。タオルを動かす度に、蓋の部分がぱたんぱたんと音を立てた。  洗濯機の胴体部分は強く拭き取ろうとすると、ベコンッと鳴って凹んでしまう。元に戻らなくなるとマズいので、丁寧に拭いた。  拭き方のコツが掴めてくると、洗濯機の側面まで腕を回して小気味よく拭いていく。するすると手を動かし滑らせるタオルの下で、シャリッと紙の擦れる音がした。  ああ──と思って、拭いていた洗濯機の側面を覗いてみる。 “設計上の標準使用年数 7年” と印字されたシールが貼ってある。まだしばらく使えそうだ。  ただ、僕と彼女の関係はこの洗濯機の設計上の標準使用年数よりも短かったのか。洗濯機のシールひとつで、僕はここ数年の時間経過をどう捉えればいいのか分からなくなった。 「3年くらい同棲したら、結婚しよっか。」 「んん。3年くらいか。僕らにはちょうどいいかもしれない」 僕と彼女──いや、元彼女が3年くらい一緒に暮らせば、さらに長い時間を洗濯機はあの部屋で過ごすはずだった。でも実際はそんなことにはならなくて、この洗濯機の所有者と設置場所は変更され、この洗濯機の役割は僕の衣服を洗うことになった。  役割は変われど、洗濯機のスイッチが僕の手によって押されることに変わりはないのだけれど。 「洗濯機は新しいのを買うから大丈夫よ。一人分しか洗わないんだし。私は洋服をたくさん持ってるから、なんならコインランドリーで一括で済ませちゃってもいいもの」 「僕が干して畳まないのであれば、君の洋服は君の好きなように洗えばいい」 「あら、あなたは私の洋服を干して畳みたかったの?」 「僕は、君の洋服をどうにかしたかったわけじゃなくて、君と暮らしているときに必要なことをしたかっただけだよ」 「そう。コインランドリーでいいのに」 好きなことや嫌いなことが同じだったりしていても、何らかの価値観がズレていることはもちろんある。だからといって、洗濯感の違いが僕らが別れた一番の理由にはなり得ない。  それならば、問題だったのは僕の洗濯機の使い方だったのだろうか。  今さら思案したところで、この洗濯機の役割と設計上の標準使用年数は変わらない。購入してから3年も経過していないし、まだしばらくは働いて貰う必要がある。何を洗おうが、洗濯機は洗濯機だ。  ただ、“設計上の標準使用年数”が7年なのであって、もしかしたらそれ以上の年数を使うことになるのかもしれない。
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