色移り

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 洗濯機をひとしきり拭いて、最後は変な色の水を吐き出した排水ホースだけが薄汚れて残った。蛇腹になっている排水ホースの小さな溝のひとつひとつが灰色に汚れている。そういえば、購入してから一度も排水ホースを清掃した記憶がない。  正式な清掃のやり方が僕には分からないので、新しい歯ブラシを開けて、今朝まで使っていた歯ブラシを使って排水ホースを磨くことにした。  歯ブラシは強く押し当ててはいけない。ブラシの先端が──いや、ブラシの先端の毛先たちが、凹凸に沿ってしっかり小さく汚れを刮ぎ取ってくれるように、適切な強さで磨かなければならない。この歯ブラシは僕の歯を磨くためには使われない。一方で、この洗濯機は僕の洋服を洗濯するためにある。  ここにあるものたちは、この1LDKで役割を果たす。  身をかがめて排水ホースを磨いていると、首がだるくなって、ちょうど顔を上げると目の前に先程のシールがあった。 “設計上の標準使用年数 7年”  元彼女はこのシールの存在を知っているのだろうか。ふとそんなことが頭を通り過ぎたが、僕のおでこにはなんのシールも貼られていないので、排水ホースを磨く作業に戻ることにした。    洗濯機の掃除が終わったら、新しい家電を買いに行こう。3月のこの時期なら、『新生活応援キャンペーン!』なんて銘打たれていて、家電をセット価格にして安く買えるかもしれない。  それでも僕は言う。 「洗濯機はあるので要りません」       (おしまい)
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