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最終話:人間らしさ
あの時、死神の力を得てから72時間後、一は屋上の扉を開けた。朝とは打って変わって空は厚い雲に覆われていた。そんな灰色の空をバックにあの時の死神が変わらぬ笑顔で立っていた。
「これはこれは藤井様。お待ちしておりました。その顔、どうやら目的は達成できたようですね。なによりでございます。それでは契約通り、魂を頂戴いたします」
「ああ」
そう言いながら、一はゆっくりと死神のもとへ歩いていく。一歩一歩、ゆっくりと。
「その前に一ついいか?」
「なんでしょう?」
一は死神の前で立ち止まる。
「お前の魂をもらう!!!」
そう叫ぶと同時に一は手に大鎌を持ち、死神の首めがけて力いっぱい振り下ろす。
「死ね!!」
一は思う。死神は俺のことをひ弱なただの自殺志願者と思っているに違いない。死神とあった時は確かにそうだった。人生に絶望していた。しかし、今は違う。俺には圧倒的な力がある。この力さえあれば最高の人生を歩めるだろう。この力をみすみす手放してたまるか。そのために死神を殺す。きっと死神もひ弱な自殺志願者と油断してるはずだ。この圧倒的な力もある。勝てる! 勝機はある!!
死神の首が飛ぶ。
……はずだった。一が振り下ろした大鎌は死神の首に触れてもいなかった。大鎌は死神の左の手のひらで止められていた。どれだけ一が力を入れても大鎌はびくともしない。
「なっ……」
「藤井様、何をなさるんですか?」
全身に鳥肌がたったのがわかった。血の気がサーッと引き、腰が抜けた。それだけの殺気が目の前の死神から発せられていた。直観した。俺は為す術もなく殺されると。
「藤井様は勘違いをなさっていませんか? 藤井様の死神の力は私がお貸ししているものですよ。本家に勝てる訳ねぇだろうが」
「や、やめてくれ……。助けてくれ……」
一は懇願する。誠心誠意。命乞いだ。
「駄目です」
「お願いだから……」
声が震える。目に涙がたまって死神の姿が歪んで見える。
「駄目です」
微笑んでいる死神がどんどん一の方へ近づいていく。一は後ずさりするが、二人の距離は縮まる一方だ。
「やめてくれーーーーー!! 死にたくない! 死にたくない!!!」
その言葉を聞いた死神はこの上なく嬉しそうに笑った。
「藤井様はそういう方々の言う通りにやめたのですか?」
一はハッとした表情をした。
「ずいぶんと人間らしくなったじゃないか」
一が人生最後に聞いた言葉だった。
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