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第1話:死神
眼鏡をかけた少年、藤井一は高校の屋上に一人立っていた。柵の外側に立っていた。制服のポケットには遺書が入っている。
一は左頬に貼ってある湿布を片手でいじりながら下を見る。四階建ての校舎の屋上、決して低くなどない。飛び降りればほぼ確実に死ぬ高さだ。しかし、不思議なことに一はあまり恐怖を感じなかった。恐怖は自分の生活の安寧が脅かされるから感じる感情だ。元から生活に安寧などなければ恐怖など感じない。
放課後ということもあり、どこからか吹奏楽部の音色や陸上部の掛け声など活気に満ちた音が聞こえてくる。
「いいよな、お前たちは幸せそうで」
そう一言呟くと、一は大きく息を吸った。
「さて、死ぬか」
目を閉じ、足を踏み出しながら思う。来世はどうか幸せになれますようにと。
「その自殺少々お待ちください」
一は声のする方に目を向けた。声の主は柵の上に立っていた。
「藤井一様ですよね?」
「えっと……、君は……?」
声の主は黒いローブを身にまとった小学校三、四年生くらいの男の子だった。髪はふわふわした茶髪で目がクリクリと大きい。日本人っぽくないかわいらしい男の子だ。しかし、見た目に反して言葉使いは大人のようである。
男の子は軽くジャンプして柵から降りた。一が立っている外側にふわりと着地すると言った。
「申し遅れました。私は死神でございます」
死神と名乗るその男の子は深く頭を下げた。
「死神?」
「はい、死神でございます」
「死神って、あの大きい鎌を持ってる……?」
「はい、その死神です」
「……。死神ってことは僕の魂ってやつを獲りに来たってこと?」
「はい。その通りでございます」
「そうか……。じゃあ、どうぞ」
そう言うと、一は両手を横に広げた。
「えっと……どうぞと言いますと……?」
「どうせ今から死のうとしてたんだ。自殺も死神に魂獲られるのも変わらないよ」
「ふっ」
その言葉を聞くと死神は笑い始めた。
「ふっ……ふふふふふふふふふ。ははっはははっはは」
「……何が可笑しい?」
「いえ……、大変失礼いたした。人間らしくないなと思いまして」
死神は続ける。
「人間は魂、いや命に執着する生き物というのが死神界での常識でございます。自殺しようとしている人もいざ私のような死神が魂をいただこうとすると死の恐怖に慄くのでございます。それを藤井様はすぐに私が魂をいただくことを了承しました。予想外の反応で少し驚いてしまいました」
「はぁ……」
一にとってそんなことはどうでもよかった。さっさと殺して欲しかった。死にたかった。
「あの、そんなことどうでもいいんで……」
「それにしても藤井様には未練というものが無いのですね。やりたかったことや、やり残したことが」
死神は微笑を浮かべながら言う。
やりたかったこと。やり残したこと。そんなの……。
「……あるよ」
「例えば?」
死神の問いかけに一は答える。
「僕をいじめる奴らを殺したい」
その答えを聞いた死神はニヤリと口角を上げて言う。
「良いじゃないですか! 人生は一度きりです。人生に悔いを残してはいけない!!」
死神は一歩、一に近づいた。
「そこでなんですが、私と一つ契約を結びませんか?」
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