第3話:1人目

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第3話:1人目

 一が目を覚ますと、そこは屋上だった。屋上の柵に寄りかかっていた。もちろん、柵の内側だ。さっき乗り越えたはずなのに。 「死神!?」  一は周りを見渡すが死神の姿は無かった。体にも特に変化は無い。まるで死神に会ったことが夢だったかのように。 「夢……だったのか……」  確かに、自殺直前に死神が現れて、復讐のために力をくれるなんてありえない話だ。滑稽で馬鹿馬鹿しい話だ。大方、自殺直前でビビッて失神して自分に都合の良い夢を見たのだろう。そんな弱い自分が本当に情けなくなってくる。こんなんだからいじめられるんだ。  そう思いながら一は立ち上がり、校舎の下を見る。部活帰りの生徒がわいわい騒ぎながら校門へと向かっていく。こんな時に屋上から飛び降りようとしたらきっと騒ぎになる。止められるかもしれない。それは面倒だ。  今日は帰ろう。明日死のう。そう思い、一は屋上を後にした。  屋上に続く階段を下りてすぐ、隆史に出会ってしまった。隆史の顔を見た瞬間、一の体は強張った。殴る時、蹴る時の隆史の悪魔のような顔がフラッシュバックする。 「あれ~、一じゃん。どうしたのこんなところでさ」 「え、いや……」 「いやじゃねぇよ。どうしたんだって聞いてるんだよ!」  隆史の拳が一の鳩尾に入る。 「がっ……っ!」  一は失敗したと思った。屋上は基本立ち入り禁止となっている。しかし、屋上へと続く扉の鍵は壊れているので一は一目を忍んで屋上に行っている。隆史をはじめとした奴らから隠れるために。だから、屋上へと続く階段付近は基本人通りがない。ここで隆史に見つかってしまうと人目を気にせずに殴られてしまう。 「おいおい、謝罪の言葉はねぇのかよ」 うずくまっている一の髪を引っ張り上げて言う。 「わかったよ。お前がそのつもりならな。しょうがねぇ。金で勘弁してやるよ。そうだな、3万でどうだ?」 「……」 「沈黙は肯定ととるぞ。明日だぞ。わかったなっ!!」  隆史は地面に一の顔を叩きつけた。 「っつ!!」  隆史は立ちあがり、何事もなかったかのようにその場を去っていく。  一はその背中を見ながら思った。なんで僕はこんな目に合わないといけないんだ。僕が一体何をした。何もしてない。何もしてないのにあいつらは僕を……、僕を……。あいつら、いつか絶対に僕が……。  その先の言葉を思う一の脳裏に死神の顔が浮かんだ。もし、もしもさっきの出来事が夢じゃなくて現実だったら。現実だったなら……。  一はおもむろに立ち上がる。地面に叩き付けられた時に割れた眼鏡は外して捨てた。眼鏡が無くてもあいつの背中はよく見えた。そして、右手を横に上げる。 「殺してやる」  すると同時に右手にはさっき見たばかりの死神の大鎌が発現した。不思議と重さは感じなかった。 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」  一は大きく一歩を踏み出した。隆史の背中がぐんぐんと近づく。隆史はこちらを向いたが、その時には一の大鎌が隆史の体を斬りつけていた。大鎌は確かに隆史の体を斬りつけ貫通もしているはずだが手ごたえは無かった。空振りをしたようだった。  隆史はこちらをイカれた奴を見る嘲笑的な目で見ていた。しかし、次の瞬間だった。隆史の顔は一瞬にして蒼白になり、白目を向いた。そして糸が切れた操り人形のようにその場に倒れた。  一は倒れた隆史の口の前に震える手を出した。息が無かった。  一は弾かれたように立ち上がり、その場から去った。走って走って走って走った。学校を飛び出し、誰もいないところまで走った。  気づけば、辺りが暗くなっていた。暗く、誰もいない公園に一はいた。 「ふふっ……、ふふふふふ。ははははははははは!!」  一は笑った。久しぶりに笑った気がする。暗く静かな公園に一の笑い声だけが響く。 「殺した……。僕が隆史を、あいつを殺したんだ」  自分の両手をまじまじと見ながら一は呟いた。 「最高じゃないか」  一は笑っていた。
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