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ただの旅行か、それとも妃茉里の計画をわかっていて、それでも幸多くんを連れ出したのか、それにより松田雅代の立場も変わってくる。何となく答えはわかっていたけれど、三崎は質問する。
「松田さん、あなたはこれが、ただの旅行だと思っていたのでしょうか」
雅代は真っすぐな優しい目で三崎を見て「いいえ」と首をふる。
「たぶん誘拐なのだと、わかっていましたよ」
雅代の答えは三崎の想像通りだった。何とでも言い逃れはできただろうに、けれど、それが松田雅代らしいとも思う。
「妃茉里ちゃんがね、幸多くんのお父さんから許可がおりましたと言って、手紙を持ってきてくれたんです。その時は旅行だと思っていたのですよ。あのお父さんがよく許してくれたものだと思いましたけれど、嬉しかったものだから……」
「雅代さん、いつわかったんですか? 旅行じゃないって」
今度はマリが質問する。
「私ね、妃茉里ちゃんがトイレに行ったときにお茶でも入れようと思ってね。立ち上がったら、うっかり蹴飛ばしちゃったのよ、妃茉里ちゃんのカバン。歳を取ると脚が思ったより上がらないのねえ」
雅代は言いながらクスッと笑う。
「その時にチラッと見えちゃったの。手紙に似たような紙がね。何だか嫌な予感がして、読んじゃったのよ。そうしたら、幸多くんを預かったとか、受け渡しがどうとか書いてあったものだから……」
安木信雄たちや日下部家に届いた紙のことなのだろうと三崎は思う。
「その時に妃茉莉さんと話して旅行を止めようとは考えなかったのでしょうか」
三崎の問いに、雅代は「いえ」と首を振る。
「妃茉莉ちゃんが苦労してきたことは私が一番、わかっていましたから。何か助けになることならしてあげたいと思ったのよ。妃茉里ちゃんは悪いことするはずない、何か考えがあるのだと思いましたから」
「それに……」と続ける雅代に三崎が口を挟む。
「幸多くんのことですね」
雅代は深く頷いた。
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