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再び、三崎と五反田
「今回の誘拐事件の被害者って、誰なんですかね」
鹿児島から帰った翌日、隣の机で五反田がつぶやく。
通報者はマリだが、被害者は一応、日下部幸彦と幸多くんということになるのだろうか。
けれど……
「誘拐犯になってしまったふたりが、一番の被害者なのかもしれないわね……」
三崎の言葉に五反田が「そうっすね」と頷く。
ふたりの動機から考えて情状酌量、悪くても執行猶予で実刑はないと思うが、できるだけ軽い罪で済むようにと願わずにはいられない。
三崎は今回対峙することになったふたりの女性に尊敬のような気持ちすら湧いてきていた。
三崎が今までに関わってきた犯罪者の中には彼女たちに似たような人もいて、自暴自棄になったり相手に危害を加えたりした例がほとんどだった。
彼女たちは誘拐という形で警察を煩わせはしたものの、実質的な被害者は誰も出してはいない。それどころか、詐欺の犯人検挙という結果によりさらなる被害者を生むのを防ぐことができた。そして、幸多くんのことも救ったのである。
何よりあんなに辛いことを経験したはずの彼女たちが動いたのは自分のためではなく、祖父のため、夫のため、そして、幸多くんのためだった。
三崎は自分の仕事がいつも後始末のように思えて仕方がなかった。
たぶん、松田雅代や里見妃茉里、そして日下部幸多くんのように辛い思いを抱えながら生きている人はたくさんいるのだと思う。
自分はその人たちにすぐに手を差し伸べることはできない。警察が動くのはいつも、事が起こってしまった後だ。
でも、あのお茶畑からの帰りに、三崎はふたりから言われたのだ。
「刑事さん、ありがとう」
「ありがとうございます」
ふと、体から重りが外れたような気がした。ああ、これでいいのだと、自分はこの仕事で誰かの役に立てているのだと、そう思った。
「さ、五反田、私たちは私たちにできることをするわよ。康子の聴取と、それが終わったらさっき報告が入った別件の傷害事件の捜査」
三崎が立ち上がると、五反田もそれに続く。
あのふたりに負けないように、私も頑張らなくてはいけない。
三崎は、初夏の日差しの下へ飛び出した。
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