48人が本棚に入れています
本棚に追加
このバルウェルトがデクレトリの領主である。アラザルドの求めに応じ、この度ルフィナを自領で預かることとなった。
バルウェルトに案内されて予め用意されていた舟に乗り、ダリヤ湖の中に浮かぶダリヤ城へと向かう。ものの五分ほどで小島のような場所へたどり着いた。城────と呼ぶには、あまりにかわいらしい建物だ。外見は修道院みたいに厳めしいが、内部は清潔で隅々まで手入れが行き届き、しかも品のよい調度品で飾られている。規模は違うが、ここはカヌイーズの城に似ているなとルフィナは思った。
玄関を入ってすぐの所で、身綺麗な女性に出迎えられた。バルウェルトの妻だと言う。言葉使いは温かく思いやり深げで、ルフィナは安心した。彼らの態度は囚人を迎えると言うよりは、むしろ遠くから遥々とやって来た王族をもてなす栄誉に喜んでいるといった風であった。
「この通り湖の上に建つ城ですから、一階部分は湿気が酷いのです」
一通り城の説明をしてから、バルウェルトの妻リーナが言った。
「ですので、王女殿下のお部屋は最上階の三階に準備いたしました。これから、このフィンナにお部屋まで案内させましょう」
浅黒い顔の女中に従い、ルフィナとエーラは階段を上った。三階部の奥がルフィナに用意された部屋であった。壁に明るい色彩の壁紙が貼られているのがせめてもの救いだ。お陰で、自分が囚人だと言う気分が僅かではあるが和らぐ。
「お部屋はまずまずですね。ですが、まさか湖の中のお城とは!」
フィンナの姿が見え無くなるや、エーラがやれやれと肩をすぼめた。
「アラザルド陛下ときたら、どこまで用心深いのでしょう!」
「こんなことなら、ゲルネルで泳ぐ練習でもしておくんだったわ」
ゲルネルでリアドと大概の遊びはやり尽くしたが、あいにくとその中に水泳は入ってはいない。
「舟がないと、ここから出られない。モードルよりもずっとまずいわ」
バルウェルト夫妻は人当たりのよい人たちのようだが、表向きの印象だけでは人は分からない。このところ痛い目に遭ってきたお陰で、そう習得したルフィナである。初日だけでなく、週に一度は妻を伴ってやって来るバルウェルトに対し、なかなか警戒心を解くことはなかった。
しかし、回数を重ねて会う内に、彼らが親切な人たちだと認めざるを得なくなった。モードルの時のように常に監視の目につきまとわれることなく、城の中を自由に出入り出来たばかりか、情報を遮断されることもない。バルウェルトはどんな質問に対しても誠実に答えてくれる。お陰で、ようやくトゥーランの事情も知ることが出来た。
「もう一年になるでしょうか。長らく病に倒れていたトゥーラン王が亡くなりましてね」
ある晩、いつものように妻リーナを伴い、ダリヤ城を訪ねていたバルウェルトからフェルディオのその後の消息を遂に聞き出すことに成功した。
「王には跡継ぎの王子がいましたが、まだ年少とのことで、甥にあたる先王の息子が代わって政務を行っていたようです。王の逝去の後も、新国王の体制が整うまでは引き続き補佐しているとか」
国王の逝去────そんな大事があったから、フェルディオはトゥーランから動けずにいたのだ。ルフィナはやっと納得した。
「そうだったのね。それじゃ、フェルディオ様に文句は言えないわね」
ふとバルウェルトが不思議そうに首を傾げて言った。
「王女殿下は何ゆえトゥーランにそこまでご関心をお持ちなのでしょう?」
ルフィナは薬指の結婚指輪を隠そうともせずに、バルウェルトの問いに答えた。
「それは、フェルディオ様……ではなくて、ルアージュ・アルヴァトゥス王子が私の夫だからです」
ルフィナの結婚は秘密にされていた。なので、当然バルウェルトにしてみれば全くの予想外の答えだったに違いない。
「失礼ながら、トゥーランの王子が王女殿下の夫ですと? ご婚約者ではなく?」
「えぇ。事情があって公にはしてないけれど、ルアージュ王子と私は確実に夫婦です」
迷いつつも、これまでの経緯をバルウェルトとリーナに打ち明けた。話に耳を傾けていた二人は―――特にリーナの方がであるが―――大いに憤慨した。
「何てことでしょう。結婚式の僅か二時間後には離れ離れになった挙げ句、そのまま一度も会えないでいるのですか?」
「最初の二年間は別居という約束だったのですけど」
続けてシーズの領主に裏切られモードルへ送られたこと、兄によって無理矢理離婚させられそうになったことも打ち明けた。リーナは心底ルフィナに同情したのか、
「いかがでしょう。トゥーランのルアージュ王子にお手紙を書かれては?」
と、提案してくれた。予想もしてなかった申し出に、もちろんルフィナは飛びついた。
「手紙を届けてくれるのですか?」
「陛下に手紙のやり取りまで禁じられていたなんて、あまりにお気の毒な話です」
バルウェルトとリーナが舟で帰った後、早速、ルフィナはフェルディオに宛てた手紙を書き始めた。初めの内こそどう書こうかと戸惑っていたものの、いざ書き始めると言葉が次々と溢れだし、筆が止まらなくなった。とにかく溢れる思いをぶちまけた手紙は紙十枚に渡る長文となった。封蝋をし、次にバルウェルトが訪ねてきた際に手渡した。
「確かにお預かりしますよ。数日中にトゥーランへ人を送り、ご夫君の元へ届けさせましょう」
それから、ひたすらフェルディオからの返信を待つ日々が始まった。
最初のコメントを投稿しよう!