第十章 デクレトリ

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 ー3ー  確かに、以前キニーが言っていた通り、その通路は『もぐらの穴よりましな程度』ではあった。  オーロンぐらいの背丈であれば頭まで隠れるが、彼より背の高いルフィナの頭など丸々外にはみ出てしまう。丈の高い草が生えているお陰で、何とか隠れる程度だ。舗装も何もない、石もごろごろと転がっており、とにかく歩きにくい。追っ手が迫っているので我慢して歩いてきるが、ルフィナは心の中で数えきれないくらい悲鳴をあげていた。  歩き慣れていないルフィナとエーラの為に、オーロンは何度も休憩をとった。やがて日が傾いてくると、通路を出て脇道に逸れ、彼の仲間らしき人の家に立ち寄った。どうやら今夜ルフィナたちを泊めてくれるらしい。  真ん中に大きな一本の木を柱にし、そこから四方へと獣の皮を張ったテントみたいな家だった。オーロンと同じく小柄な人たちがルフィナたちを出迎えてくれた。物静かな一家は、ルフィナに話しかけられてもほとんど口を閉ざしていたが、面倒はよく見てくれた。彼らが出してくれた料理はびっくりするほど美味だったし、干し草を集めたベッドは心地よかった。ぐっすり眠って疲れを癒したルフィナは、愛想よくお礼と感謝の言葉を述べ、再びオーロンの背中を追いかけて歩き出した。  一日中歩き、夜はオーロンの仲間の家に泊まる────そんな繰り返しが四日続いた。  感覚的には、かなり南下したように感じる。ただし、エーラがナトレで仕入れた情報とはかなり違うルートを辿っているようだ。そもそも〈地下通路〉自体が一般の道とは違ったところを走っているのだから、当然と言えば当然なのだが。  「何をしてるの?」  その日も、まだ午前中ではあったが二度目の休憩をとっていた。足の痛みの方は、オーロンからもらった薬草を毎晩貼って寝ているお陰か、あるいは歩き慣れてしまったせいなのか、最初の頃ほど辛くはなくなっていた。エーラが腰を叩いたり伸ばしたりしている横で、オーロンは地面にしゃがみこみ、何やら赤い木の実のようなものをパラパラと転がしている。彼と行動を共にするようになってから、こんなことをするのを初めて見たので、ルフィナは不思議に思った。  「大地の精霊に聞いとるんですよ」  オーロンの言葉は時々聞き取れないことがあった。それはヨーレン谷の人々にもその土地土地の訛りがあるということだ。  「ここからどの方角へ向かうのがよいか、教えてもらおうと思いまして」  「へぇ、木の実で精霊と会話が出来るの? すごいわね」    隣ではエーラがしかめ面をして、急いで十字を切っているのが見えた。ルフィナは異端の術など少しも恐れてないので、平気な顔でオーロンの隣に座り込み、彼の真似をして赤い木の実を覗きこんだ。  「大地の精霊は何と答えたのかしら?」  「ネルレンへ行けと言ってます」  「ネルレンって、ここからうんと西の方じゃない? しかも────」  しかも、思い出したくもないシーズに近い街であった。裏切り者のシーズの領主とその妻────彼らのせいで、二年もの間苦労する羽目になったのをルフィナは片時も忘れなかった。  「シーズには近付きたくないわ」  「シーズには行きません。ネルレンへ行くのですから」  「だけど、シーズはアラザルド側よ。パルウェルトから報せを受けてるんじゃないかしら。私たちを待ち構えてるかも」  「連中はわしらがどこにいるか知りませんよ」  オーロンはそう言って散らばった赤い木の実をかき集め、腰の革巾着の中に戻してしまった。エーラがルフィナの横に来て、  「私もシーズはもう懲り懲りです。わざわざ敵の近くへ行く必要はございません」  「オーロンが言うならネルレンへ行きましょう」  ルフィナはオーロンを信用していた。彼が言うなら、彼の心棒する大地の精霊がそう助言するなら、どこだろうと行く気でいた。  「まぁ、ルフィナ様。あの者の言うことを信じるのですか? 大体、あんな木の実で何が分かると言うんです?」  「彼らの流儀を尊重しなくちゃ。私たちがここまで来れたのも、オーロンのお陰なんだもの」  ここでオーロンを信じなかったら、自分の為に命を落としてしまったキニーに申し訳ないとルフィナは思っていたのだった。  十分に休息をとった後、三人はネルレンへ向かって出発した。 ◇◇◇  ネルレンに行くには、南に下ってきた方角を一旦西向にき変えなければならない。〈地下通路〉を出て、それからは乾いた荒野をどこまでも歩いた。味気ない草だらけの中にも春らしい青い小さな花が揺れている。とにかく、デクレトリを出てからの数日間、一度も雨が降らなかったのは幸運だった。まだ寒さ残る初春に雨に打たれながら歩くなど、想像するだけでもぞっとする。  特に問題なくネルレンの街に入った。旅の間にすっかり薄汚れてしまい、もはやこの農婦姿の一人がメリオンの王女であると見破れる者などいないと思われた。今夜はこのネルレンに泊まるのかしら、とルフィナは思った。けれども、元来オーロンの仲間たちは街中には住まないものだし、大抵の旅籠は彼らを泊めたがらないだろうなとも思った。
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