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花森は授業中に倒れた後、ずっと戻って来なかった。
家の人が迎えに来て帰ったのだろうか。気になった僕は、保健委員の職権を濫用した。
「失礼します…。あの、四年二組の保健委員ですが、花森さんは…」
クラスメイトが心配で来た、という体で、僕は保健室を訪れた。
保健室にはあまり用がない僕だったが、先生は優しく迎え入れてくれた。
「あら、優しいのね。大丈夫よ。防護マスクが暑くて気分が悪くなってたみたいだから」
そう言うと、先生はベッドの方へ行き、そっとカーテンを覗いた。
「うん。寝てるみたい」
先生は独り言のように言ったあと、
「ちょっと先生、職員室に行ってくるから、ここにいてくれない?すぐ戻るから」
そう言って、先生は保健室を出て行ってしまった。
部屋には僕だけが取り残された。いや、正確には僕と花森だ。
ツン、とした消毒液の匂いが薄く漂う。
コチ、コチという時計の秒針の音がやけに大きい。
なんだかドキドキして、息をひそめると、もう一つの息が聞こえてきた。
(花森…寝てる…。)
僕は、吸い寄せられるようにベッドの方へ向かった。
ゆっくりと、白いカーテンを開ける。
そこには、防護マスクを外した素顔の花森が眠っていた。
想像していたよりももっと小さく、整った顔立ちで、綺麗だと思った。
僕は微動だにせず花森の寝顔を見ていた。
すうすうと寝息を立て、時折少し動くまぶた。熱中症のせいなのか、少し赤い頬。
どれくらいの時が流れたのか分からない。一瞬だったのか、もっと長かったのか。
(笑ったら…もっとかわいいだろうな…)
そう思ってハッとして、僕はカーテンを閉め、ベッドから離れた。
心臓がドキドキしていたのは、罪悪感からだったのだろうか。
僕にはよく分からなかった。
先生が保健室に戻ってくると同時に、僕は逃げるようにして部屋を出た。
花森の顔を見たのは、この一度きりだった。
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