花笑み

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その後、秋が来て冬が来て、僕らが5年生になっても6年生になっても、フレアは流行り続けた。 幸い、僕の周りで人が死ぬような事は無かったけれど、数人の友達や親戚が罹患した。 そして僕らは中学生になった。 花森とは、あの一件以来、なんの接点も無かった。クラスは5、6年も一緒になったが、特に話したりすることは無かった。 あの日、保健委員の職権を濫用した僕は、中学に入ると今度は図書委員になった。フレア休校で本を読むようになってから、すっかり本の世界に魅了され、誰も借りに来ない図書室のカウンターで当番をしながら読書にふけるのが日課になった。 ここで僕は再び花森と「再会」する事になる。 「貸し出し、お願いします。」 そう言われて僕はびっくりして、読んでいた文庫本を落としそうになった。ほとんど誰も来ない図書室だから、こうしてたまに利用者がいるとびっくりしてしまう。 「は、はい。3冊ですね」 僕は貸し出しカードを受け取って名前を見た。 「あ…花森…さ、ん」 僕はつい、名前を呼んでしまっていた。 防護マスクの存在は、僕ら個人を識別する「顔」を奪った。 特に中学に入ってからは、みな同じ制服で、同じ防護マスクを付けている。「フレア以後」に知り合った人はみんなお互いの「顔」を知らないのだ。僕も、同じ小学校でフレア前から仲良くしていた友達は顔が浮かぶが、それ以外は声でしかお互いを知らない。 だから、防護マスクに制服、と皆同じ姿の中学校では花森の存在に気付けなくなっていた。 「誰?」とでも言うように、花森は首をかしげた。無理もない。保健室でのあの一件以外、僕らにはなんの接点も無いのだから。 「返却は…二週間後です。」 僕はあの日見た花森の素顔を思い浮かべてしまい、どぎまぎしながら本を渡した。 それから、花森は時々本を借りに来るようになった。 「貸し出し、お願いします。」 その声だけが、花森を識別するものだった。
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