花笑み

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「貸し出し、お願いします」 今日も花森は図書室にやってきた。 僕はいつもどおり貸出手続きを済ませ、内心ではドキドキしながら、それでも平静を装って本を渡す。 本当は、誰がどんな本を借りたかについては「思想の自由」があるから触れたりしてはいけないと図書担当の先生に言われたのだが、花森が借りた本はつい気になってしまう。 と言っても花森が読む本のジャンルは広い。名作と呼ばれるようなものから、ミステリー、時代小説、恋愛モノ、純文学、芥川賞受賞などの話題作… 僕が読んだことのある本を借りる時は、つい本の話をしたくて「僕も読んだよ」と言いたくなってしまう。 何かきっかけが欲しい。花森と話すきっかけが。 「花森…さん、はどうして防護マスクを外さないの?」 「え?」 誰?というような声を出されたので、僕は慌てて 「小学校のときに同じクラスだったから気になってさ」 僕は、胸に付いているプラスチックの名札を指差した。 すると、花森は分かってくれたのか、「ああ」と声を出してくれた。 僕の名前を覚えていてくれた。その事に僕は、ふわっと心が浮くような気持ちがした。 と同時に、なんの用意もなく核心をつくような事を質問してしまって、内心ではとても慌ててしまった。 「どうして…って…。」 花森は答えに悩んでいるのか少しうつむいた。 静けさには慣れているはずの図書室が、さらに静かになってしまって僕は戸惑ってしまう。 貸し出しカウンターのすみにちょこんと添えられていた花森の指先が少し震えているような気がした。 「あ…の…。ごめん、答えたくないならいいんだ」 5分も10分も時が過ぎたような気がする。僕は沈黙を止めるために声を出した。 「へん…よね。私だけ防護マスクを外さないの」 「え?」 聞こえないほどか細い声だった。 「変じゃないよ。ほら、マスクが外せない子どもたちっているじゃない。って…あ…」 「…………」 僕は慰めるつもりで言ったのだが、無神経な一言だと思った。 「ごめん…そういうつもりじゃなくて…」 「君はどうしてマスクが外せたの?」 僕が謝ろうとすると、花森は逆に僕に質問してきた。 「どうしてって…」 フレアの特効薬が出来たから、封じ込めにも成功しているみたいだし、万が一罹っても特効薬がある。もう安全だと思ったからだ。 「もう、フレアに罹っても薬があるし…」 そう言うと、花森はうつむいて何も言わず、貸し出し本を抱えて図書室を出ていった。 「あ…ご、ごめん!」 去り際の背中に謝ったつもりだが、その声が届いたかはわからない。 誰もいない図書室には僕だけが取り残されてしまった。
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