1話 手首はどこへ消えた?

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 では、彼女が鈴富杜成氏の奥方か。 「夜分に……失礼します……」  とんだ救済だ。  平坂の話が確かなら、彼女が最後に見た故人は手首が2本揃った状態だったはず。夫の大事な左手がまたも失われたことなど知りたくはないだろうに、よくもこんな場所に引き入れてくれたものである。だからこの男は信用ならないというのだ。 「……いや……もしかして……?」  今夜は無人に近いとはいえ、葬儀社はそれなりにセキュリティにも気を遣っている。普通の人間が誰にも気付かれず社内に忍びこむことは容易ではない。  扉も鍵も無視して、指先ひとつですべてを“開く”我が同居人のようにはいかないのだ。  つまり、手首を盗む機会があったとすれば。 『ストレッチャーを車に載せる前、奥さんが故人の手を握ってたんです……』 「申し訳ありません!」  震える両手が差し出したスカーフには、色のない手首がくるまれていた。
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