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1話 手首はどこへ消えた?
結婚式は大安を選べ。
葬儀は友引を避けろ。
いまどき六曜にこだわるのは冠婚葬祭業界くらいのものだが、それを生業にする者たちはおかげで繁閑を見極められるのだから、多少古臭くても重宝していくほかない。
今日は友引前。
友を引き連れていくように思えるからと、明日の友引はほとんどの火葬場が休業日だ。
24時間年中無休の葬儀屋も、告別式が行えないとあっては、今晩の通夜を控える必要が出てくる。
それはむろん、我が錠野葬祭においても同じことだった。
「お先に失礼します」
「はいよ。ちゃんと休めなー」
この日ばかりは定時上がりに憂いがない。
宿直の先輩と後輩に後事を託し、束の間の自由に羽を伸ばす。
晴澄は明日の友引を2週間ぶりの休暇に当てていた。人間らしい営みを放棄していたせいで自室はそれなりに荒れていたが、負債の処理と向きあうのは今日でなくてもいい。
帰宅後早々に風呂を済ませ、晩酌のついでにいけ好かない同居人を抱くつもりで、午後10時、タブレットをいじるその男の隣に腰を下ろした。
無言でぬくもりに寄りかかる。この世のすべてを下に見ているかのような、澄んだ紫紺の瞳がこちらを向く。顔を照らす光が男性用セクシー下着サイトを映すディスプレイによるものでも、同居人の男の美しい輪郭は揺るがない。もっとも、その完全無欠な容貌に晴澄を昂揚させる効果はない。
これは惰性であり、習慣なのだ。
襟の開いた肩口に鼻先を埋める。
蝋の肌から花の甘さが香る。
燻る酔いを煽り、ひとつしかないベッドに縺れこむ。
「──生憎だがな、ハル」
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