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03 パーティー
あたたかな光が降り注ぐ昼下がり。
エリザベスとキャロルの暮らす邸宅の庭では、お茶会が催されていた。
ふたりに加え、この中では最年長で面倒見の良いクラリス、いつも強気で何かとキャロルに突っかかってくるジェシー、情報通で丸眼鏡が特徴的なルーシー、そして最近地方から都に引っ越してきたモニカが今日の参加者だ。
こうやって同年代の令嬢たちで定期的に集まりおしゃべりするのは、毎月の恒例行事となっている。
それぞれの前にはとっておきの紅茶が置かれ、中央には持ち寄ったお菓子や軽食が並ぶ。
「そういえば、知ってます?」
そう言って切り出したのはルーシーだ。お茶会の話題の提供は、たいてい彼女から始まる。
本日の主催者でもあるエリザベスが、「なあに? ルーシー」と優しく続きを促した。
「今、ウォールド国の視察団がいらっしゃってますわよね。たしか、アルハンドル国の建築技術を学びにいらしてるとか。聞くところによると、今度のパーティーに、その方々も参加されるんですって」
「へぇ、そうなの。外国からの参加者なんて、珍しいわね」
「そうなんです。もう一ヶ月くらい滞在されていて、そろそろ帰国されるって噂もあるから、その前の交流会も兼ねているのかもしれません。……実は、視察団の中にウォールド国の皇子もいらっしゃるんですって。それで『見初められるチャンスだ』とか言って一部で噂になってるんですのよ」
つらつらと語るルーシーに、エリザベスは「そうなのねぇ。ルーシーは本当によく知ってるわね」とあたたかな笑みを浮かべる。
その姿が呑気そうに見えたからか、ルーシーはキッと強い視線を向ける。それにエリザベスは肩をすくめ、首を傾げた。
「な、何? ルーシー」
「エリザベス様! 悔しくないんですか? ご自分の婚約者より、他国の皇太子がちやほやされているだなんて……」
「えっ? えーっと……」
突然の言いように、エリザベスは何度も目を瞬かせ狼狽える。
そこにぴしゃりと、「ルーシー」という声が響いた。
声を発したキャロルは、茶器を置くとルーシーを見据える。
「キャロル様……」
「たとえ個人的な茶会だったとしても、我が国の皇太子と隣国の人間を比較するなんて失礼なこと、してはいけないわよ」
キャロルの強い言葉に、ルーシーはしゅんとしおれた。その毅然とした様にエリザベスは目を輝かせる。
さすがキャロル! 目の前にいなくたって、ロナルドを慕っている気持ちは変わらないということね! やっぱりふたりは結ばれるべき運命なんだわ……。
夢心地で、エリザベスはふたりの空想を繰り広げる。それには気を留めず、キャロルは付け加える。
「あの強欲で図々しい皇太子様と、隣国からわざわざ来訪されて技術を学ばれている立派な皇太子様を比べるなんて、それはいけないわよ、ルーシー。相手に失礼だわ」
いつもながらの辛辣さに、ルーシーは苦笑いで「いやぁ、さすがにそれはちょっと……ねぇ?」と呟き、助け舟を探すように視線をさまよわせる。それに答えたのは年長のクラリスだ。
「ふふふ、あんまりルーシーを困らせてはいけないわよ、キャロル様。皇太子様にそこまで言えるのは、婚約者となるエリザベス様とキャロル様だけなんだから」
「たしかにそうですわね、クラリス様。……ただ、皆さま間違えないでくださいませ。婚約者候補ですから。ここ、大事なところなので」
ルーシーはこくこくと従順に頷き、クラリスははいはいと適当に相槌を打つ。
ひと通り指摘し終えたキャロルはふぅ、と息を吐いて紅茶を口にした。
空想に夢中でキャロルの悪態なんてまったく聞こえていないエリザベスも、ニコニコとしている。
でも、どこかいつもとは違う感覚を覚え、それを探るように胸を押さえた。
何かが胸につかえているような、もどかしい感覚。それは、この前ロナルドとキャロルがふたり並んでいる姿を見た時に感じたものと似ていた。
エリザベスは不思議そうに眉根を寄せる。
この前からどうしたんだろう。ふたりのことを考えると、胸が痛くなったり、むず痒い感じになったりする。
何かの病かと心配にもなったが、普段はいたって元気だから、わざわざ医者に相談するまでもない、とそっとしていた。
きっと、しばらくしたら気にならなくなるわ。とエリザベスは胸をさすりながら自分に言い聞かせる。
そして気分を変えるように、パン!とひとつ手を叩いた。
「そういえば、ウォールド国といえば、私たちの国の西方と接している国よね。ええっとたしか……」
「エストネル地方ですわ、エリザベス様」
ジェシーはエリザベスの言葉にそう付け加える。
するとモニカが、ティーカップから少し視線を上げた。
それに気づいたエリザベスは、彼女のほうへ体を向け笑顔を浮かべる。
急に注目を浴びて緊張したのか、モニカは目を見開き、口に含んでいた紅茶をごくんと音を立てて飲み込んだ。
「たしか、モニカ様が以前いらっしゃった所も、エストネル地方、でしたよね」
「あ……、えぇ! そうなんです」
向かいに座るクラリスは、モニカを眺めながら問いかけた。
「たしか五ヶ月前でしたっけ? こちらに引っ越してきたのは」
「はい。やっとこの辺りにも慣れてきました。まだ越してきたばかりだというのに、こうやってお茶会にも誘ってくださって、皆様には本当に感謝しています」
「そんなの当然のことよ。私を含めてみんな、あなたと仲良くしたいと思っているもの」
エリザベスの笑顔に、モニカも微笑を浮かべた。
「向こうでは、貴族といえばうちくらいなもので……。周りの人とは話も合わなくて。都に来て、やっと同階級のお友達ができて、うれしいんです。こうやって皆さんとおしゃべりできるのも、いつも楽しみにしてるんですのよ」
「そうね。私も、モニカ様とお話できるのを楽しみにしてるのよ。エストネル地方の様子も、ぜひ教えていただきたいわ」
「たしか特産品は、温暖な気候で育まれる野菜や独特な果物。ですわよね。モニカ様」
「えぇ、そうです。クラリス様」
ふたりの会話に、エリザベスは目を輝かせる。
「そうなのね! どんなものがあるの?」
「たとえば、私の住む近くにはティートという果物のなる木がたくさんありました。甘酸っぱくて、果汁がたっぷりなんです」
「まぁ、美味しそ……」
「私は食べたことがありますわ。ティート!」
エリザベスの言葉に被せるように、ジェシーが声を上げる。
それに、キャロルが訝しげな視線を向ける。
「……あいかわらず出しゃばりですわね、ジェシー様。幼い頃にパーティーでお姉様にちょっかいを出してた頃から全然変わらない」
「今のは事実を言ったまでですわ。それに、そういうキャロル様こそ、エリザベス様にくっついてばかりなところは、いつまで経っても変わらないではありませんか!」
テーブル越しにふたりは火花を散らす。
以前、エリザベスとキャロルがロナルドの婚約者になる前に開かれたパーティーで、ロナルドが目撃したエリザベスに悪態をつく令嬢たち。それがこのジェシー、クラリス、ルーシーである。ちなみにその件は人伝手に彼女たちの親に伝わり、家族総出で謝罪に至っている。
三人の中でも一番出しゃばって茶々を入れていたのはジェシーで、それからというもの、キャロルは彼女をいつも目の敵にしている。
ジェシーもジェシーで、負けず嫌いの性格ゆえに、ふたりは会えばいつも言い合ってばかりなのだ。
睨みをきかせ合い、毒を吐くふたりを引き裂くように、「ん〜〜!」という歓喜の声が響き渡った。
それは、クッキーを頬張るエリザベスのものだった。
「これ、と〜っても美味しいわ! たしか、クラリス様が持ってきてくださったものよね?」
「えぇ、そうよ、エリザベス様。たくさん召し上がってくださいね」
「ありがとう! ほら、ふたりともいただきましょう! 残してはもったいないわよ」
そしてエリザベスは隣に座り呆気に取られていたモニカにも「さ、どうぞ召し上がって。早い者勝ちよ」と促した。
「まったく、エリザベス様はいつも食べ物には目がないですわよね。どれだけ食いしん坊なのか……っうわ、これすっごい美味しい」
「お姉さまは美食家ですのよ。うちのシェフは優秀ですから……、やだホント。これ食感も風味も最高だわ」
口喧嘩を休戦させたふたりは、あっという間にクラリスのクッキーに夢中になる。
彼女たちが浮かべる嬉しそうな表情を見て、エリザベスも笑みを漏らしたのだった。
*=*=*
「みなさん、今日は来てくださってありがとう。とても楽しかったわ! ぜひまたいらしてくださいませね」
「えぇ、次はぜひうちにも」
「エリザベス様、キャロル様、ありがとうございました!」
エリザベスとキャロルに見送られ、令嬢は馬車に乗り込み、屋敷をあとにした。
低くため息を吐き、気だるげに首を振ると、背もたれに体重をあずけた。
揺れる車の振動を感じながら、今日のやりとりを振り返る。
「あれで皇太子の婚約者候補ですって……? あんな方でもなれるのなら、私だったら楽勝に決まってますわ」
ふふふ、という不気味な笑みは馬車の駆ける音によってかき消された。
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