01 (似非)悪女

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01 (似非)悪女

「……ぁ、あ〜ら、このケーキ!」 エリザベスは周りの目をあえて引くように、高い声をあげた。もちろん、緊張感のせいではじめの声が微かに震えているのは周知の事実。 周りの者たちは皆、『あぁ、またお決まりのいつものアレですね』と微笑ましく見守る。 けれど、エリザベスはそれを別のもの、『またあの令嬢が変なことを言い始めたぞ』という偏見の視線だと思っている。 エリザベスは周囲に見せつけるかのように得意げに、白銀の髪をなびかせてみた。それは彼女が悪女を演じるときの、いわばお決まりのポーズである。 妹のキャロルは上がる口角を抑えつつ問いかけた。 「お姉様、どうされたんですか?」 「キャロルったら、気づかないの? このケーキ! 見た目はいいけれど、食べてみたらパサパサで、食べられたものじゃないわっ」 キャロルは大袈裟に首を振りながら告げる姉に微笑みを浮かべ、「そうなんですの?」と冷静さを装って答える。姉とは対称的な金色のストレートヘアを耳にかけ、じっと(くだん)のケーキを眺めた。 「そうなのよ! あなたも食べてみればわかるわ! さあ! 早く! 食べなさい!」 まるで、その言葉を待ってましたとでも言わんばかりのセリフに、キャロルは思わず堪えていた口元から「くすっ」と微かに音を漏らした。 それは当のエリザベスには届かなかったが、ふたりの間で穏やかに行く末を見守っているロナルド皇子のもとには届いたようだ。 ロナルドはまるで、お気に入りの犬が庭を駆け回るのを見る飼い主のような表情でエリザベスを眺めている。 「エリザベス、そんなにそのケーキは美味しくなかったのかい?」 「ええ! 今まで食べたことがないくらいパサパサですわ」 「そうか。そのケーキを作ったのは、うちが君たちの家へ手配した料理人のはずだ。今すぐにでも、解雇を検討しなくては」 「え!? か、解雇!?」 途端に声が裏返り青ざめ出したエリザベスに、ロナルドは堪え切れず口元を緩めた。キャロルも扇子で口元を隠しているが、その下では口角が上がりきっているのは明らかだ。 「そ、そんな、ロナルド皇子の手を煩わせるほどではありませんわ! も、もうひと口……。うん! 先ほどよりしっとりしています! これくらいなら、食べたことがありますわ。そう、美味しいと言えなくもないような。も、もちろん、私は美味しいとは思いませんけどねっ」 必死で言い訳がましく言葉を重ねるエリザベスが可哀想で、先に助け舟を出したのはロナルドだ。 「そうか。それなら、解雇するまでではないか」 「そう! そうです! ……で、でも、これは一度他の人にも食べてもらわないと。ほら! キャロル、食べてごらんなさいよ!」 エリザベスは本来の目的を思い出し、慌てて再びキャロルを促す。 さすがのキャロルも、エリザベスの要望に応えケーキをひとつ取りひと口頬張った。 ゆっくりと優雅に咀嚼する姿をエリザベスは固唾を飲んで見守る。 「美味しくないですね」 「あらっ! キャロルあなたの舌は馬鹿なの? このケーキが美味しいだなんて……、え? え? キャロル……、なんて?」 「お姉様の言う通り、これは美味しくないですわ。まず、ドライフルーツが苦すぎます。少し表面が焦げた感じもありますから、火加減がうまくいかなかったのかしら。生地もスカスカしていて、お姉様がパサパサと言ったのも納得です」 「……そ、そんなことないわ! これくらいのも、美味しいものよ! 私は少し焦げたくらいのほうが好き! しっとりすぎるのも、良くないもの! も、もうひと口。……うん、こんな味もイケるわよ、キャロル!」 先程までの威勢はどこへやら。すでに料理人擁護派へと立場を変えてしまったことに気付かないエリザベスに、キャロルは追い討ちをかける。 「お姉様は寛容なんですね」 「寛容っ!? そ、そんなことなっ……」 そこまで言いかけ、エリザベスは急に体を固まらせた。周りで見守るものたちがじっと彼女の表情を見つめているのは、その表情が葛藤に揺れていることが明らかだったからだ。 寛容なんて、悪女には似つかわしくない特性よ。でもここは、肯定しておいたほうが悪女としては成功? 尊大な人物だと知らしめられるかも? ふたつの選択肢の間で悩みに悩んだエリザベスは決意を固め、腰に手を当て顎を上げ、髪をなびかせた。 「……そ、そうよ! 私は寛容なのよ! みんな感謝しなさいっ」 精一杯悩んだ末のエリザベスの言葉を、ロナルドとキャロルは温かい目で見届けた。その温かいの前にはもしかすると“生”がつくかもしれないが。 そしてキャロルは扇子を閉じ、満面の笑みを浮かべる。その笑顔からエリザベスは自分が失態を犯したことに気づき、ひくりと口もとを引き攣らせた。 「本当にその通りですわ! 私の失敗もいつも許してくださるお姉様は最高の姉です」 「あぁ、そうだな。この料理人の失態も快く受け入れる姿勢は本当に美しいと私も思うよ」 キャロルとロナルドの思いがけない賛辞の言葉に、エリザベスが心の中で『ち、違————う!!!』と叫んでいるのは、二人の目にも周りのメイドたちの目にも明らかだった。
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