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04 ダンスのお相手
「どうしてこんなことに。こんなはずじゃなかったのに……」
モニカはバルコニーに肘をつき、ひとり、ぶつぶつ呟く。
先ほどまで一緒だったエリザベスは、「演ってみせますわよ。完璧な悪女をね」と豪語した途端、広間に駆け戻ってしまった。取り残されたモニカは、そのあとを追いかけるわけにもいかず、ただひとりバルコニーで佇み、歯噛みするしかなかった。
これから、ロナルドとエリザベス、そしてキャロルのダンスが始まるのだろう。
それを大人しくただ眺めているのはなんだか癪で、ここに居座りたい気もするが、夜風がさらに強さを増していて、かなり辛い。
嫌だけど、そろそろ広間に戻りたいわ。そう思った時、カツカツと幾つかの靴跡が響く。振り返り誰が来たのかを確認したモニカは、素早く顔に笑みを貼り付けた。
「あら! クラリス様、ジェシー様、ルーシー様。皆さんお揃いでどうされたんですか?」
「さっき、エリザベス様と、それを追ったモニカ様がこちらに来られるのを目にしたものですから、どうしたんだろう、と思って来てみたんですの。今、戻られたエリザベス様とは少しお話しして、モニカ様がまだ残ってるとお聞きしたから、来てみましたわ」
クラリスの言葉と、見透かすような視線にモニカは口角を引き攣らせる。
だが、すぐに冷静を取り戻し顔の下半分を扇子で隠す。
「そうなんですのね。わざわざ来てくださったところ残念ですけど、ここは寒すぎるの。私、そろそろ広間に戻らせていただきますわ」
そう言ってモニカはそそくさと三人の横を通り過ぎようとする。
けれど、ジェシーが体を一歩横へずらし、彼女の行く先を阻むように立ちはだかった。ふたりの鋭い視線が絡み合う。
「……どうされたんですの? ジェシー様」
「そんなに焦って戻らなくても良いではないですか。良かったら私たちとも一緒におしゃべりしてくださいませ。先ほどエリザベス様とお話ししていたみたいに」
何かを匂わせるような言葉に、モニカは険しい表情で一歩下がる。
そして三人を睨みつけながら口を開いた。
「言いたいことがあれば、はっきり言えばどうです? 聞いていたんでしょう、さっきの私たちのやりとりを」
「えぇ、まぁ。聞こえていましたわ」
「感謝してくださいませ、モニカ様。このルーシーがキャロル様の乱入を止めていたんですからね♪」
どうやらエリザベスのあとを追ってきたキャロルも、先ほどの様子を見ていたようだ。普段からエリザベス命のキャロルがあの場にいたら、モニカはとんでもない返り討ちに遭っていただろう。
モニカは一度うつむき、はぁぁと深くため息を吐いてから、おもむろに顔を上げた。
その表情は先ほどまでの気取った笑みではなく、皮肉をこめた笑顔だった。
「笑えばいいじゃないですか。みなさんに聞かれていたのなら、言い訳はしませんわ。私は以前から、エリザベス様は皇太子妃なんて向いてないと思っていましたの。キャロル様だって、なる気はなさそうですし」
「だから、自分がなれるんじゃないかと思われたんですか?」
「ええ、そうよ! あの方がなれるなら、私でもいいと思った! ……でも、あの方には話は通じなかったみたいね。あなたたちも、目上の令嬢を非難したくせに、返り討ちにあった私なんて、馬鹿で世間知らずだって、心の中で蔑んでおられるでしょう?」
三人はおどけたような表情で顔を見合わせた。そして、モニカにやわらかな笑みを向けた。それは今まで茶会で見せてきたものと同じだ。
「モニカ様。私たち、馬鹿になんてしませんわ」
「ええ。だって、昔の自分たちだって同じですもの」
ジェシーとクラリスの言葉にルーシーも深く頷く。思いがけない言葉に、モニカは目を瞬かせた。
「私たちが幼少期にエリザベス様に詰め寄ったことがある、というのはご存知ですわよね?」
クラリスの言葉にモニカは小さな頷きを返す。
それを確認し、クラリスは話を続けた。
「もちろん、親たちにバレてひどく怒られて、皆で謝りに行きました。もちろん嫌だったわ。恥ずかしいし。屈辱だって思った。……でもね、謝った私たちに対してエリザベス様は慌てた様子でそれをとどめたのよ。『そんなことされたつもりない』『みんな、私を褒めてくれたんだ』って。そして屈託のない笑顔で『皆さんとお話しできて楽しかったから、また一緒にお話ししてくださいませ』って言ってくださったの」
クラリスはその時のエリザベスを思い出し、「ふふ」と笑みを浮かべる。ジェシーも呆れた様子で、言葉を重ねた。
「あの時私たち、この方には本気で嫌味が通じないんだとわかりましたわよね」
「えぇ。ああいう方を前にしたら、私たちも毒気を抜かれてしまうんですわよね」
「なんか、もうどうでも良くなりましたよね。このお方には勝てないって、ルーシーも素直に思いましたわ♪」
三人は口々にエリザベスのことを言い合う。
どこか馬鹿にしていないか?とも思えたが、モニカも彼女たちの気持ちは理解できた。
先ほど自分は散々彼女をおとしめる言葉を投げつけた。平手打ちのひとつ飛んできてもおかしくなかったし、それを皇太子や父親に告げ口されれば、モニカもモニカの父親も、何かしらの罰を受けただろう。
けれどエリザベスはそんな負の感情を全て受け流し、逆にモニカを自分の波に乗せてしまった。
月を背に髪を靡かせる彼女の前で、モニカは完全に敗北者だった。
モニカは自嘲するように乾いた笑みを浮かべた。
「つまり結局、私はエリザベス様より格下ってわけね」
「モニカ様。それは少し違います。エリザベス様は特殊なんです、いろんな意味で」
「自分の物差しであの人を見てると疲れますよ。それよりむしろ、傍観者でいるほうがよっぽど楽しいですわ」
「あのエリザベス様の似非悪女を特等席で見られるなんて、なかなかオツですしね♪」
そして、ルーシーはモニカに近づくと、するりとその左手に腕を回した。
クラリスは反対側の腕に、ジェシーは背後にそれぞれ回り込む。
「ほら、広間に戻りましょう。さっきエリザベス様が意気揚々と戻られてましたから、きっともうすぐ始まりますわ♪」
「え? え?」
周りをガッチリ固められ、戸惑いながらもモニカは前に進むしかない。
連行されているのか。でも腕や背中を押す手の強引さは、どちらかというと仲間と買い物をしている時のそれだ。
なんどかこそばゆくて、モニカは身をよじる。でも先ほどまで感じていた夜風の冷たさが遮られて、人のあたたかさが心地良いから、彼女たちの手は振り払わなかった。
広間に戻る直前、ちらりと空を見上げると、キラリとひときわ強く光る星を見つける。
それは田舎で見たものと同じくらい、綺麗に輝いていた。
広間に戻ると、中央を囲むように人だかりができていた。それを見て、横から「きゃっ♪」と明るい悲鳴が上がる。
「ほら、モニカ様。やっぱり始まってますわよ♪」
ルーシーは掴んでいたモニカの左腕を離すと、野次馬上等とさっさと集団のほうへ駆け寄っていく。
中央から、エリザベスの高笑いが聞こえてきた。
「冗談じゃありませんわ! ロナルド皇子!」
……どうやら、似非悪女劇場はすでに始まっているようだ。
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