(6)文化祭一日目

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「……お兄ちゃんは?」  唐突に尋ねられて、言葉に詰まってしまった。二人に会った以上避けては通れないと思ったけど、上手い言い訳も思いつかないままだった。通り過ぎた人達が手に持っているカラフルなチョコバナナを見て、良いなと思うのは思考が本題から逃げようとしているからだ。 「……お兄ちゃんに会いに来たわけじゃないから良いけどね。でも、やっぱりマミちゃんと一緒にいないの不思議な気がして」 「元々、家であんまり喋る感じじゃないけど、最近は全然だし。なんか、ボーッとしてることが多いというか」  ーーああ、私はきっと性格が悪い。ユイも元気がないと知って、安心している自分がいる。 「それに、私達がここ受験しようって思った一番の理由はマミちゃんとお兄ちゃん見ててだから。楽しそうで良いなって」 「……そっか」  真咲ちゃんの言葉は、本来なら嬉しかっただろう。でも、今は早く切り上げたいと思ってしまう。これ以上、何も訊かれたくない。  そんな願いが神様に通じたのか「キャーッッ!!」や「うわあぁぁっ!!」という声が廊下に響き渡った。真咲ちゃんと光稀ちゃんの意識は一気にその絶叫に向く。 「え、なに……?」 「そこのお化け屋敷だよ。さっき入ってきたけど、面白かったよ。怖いというよりドッキリ系かな」 「へえ。じゃ、せっかくだし行ってみる?」 「そうだね」  光稀ちゃんが同意したのを見て、内心ホッとした。二人は「結構並んでるね」と列を眺めているから、間もなく解散する流れになるはずだ。 「そういえば、さっき絵見てきたよ。やっぱり上手だなって思った」 「……うん。ありがと」  正直、絵のことは触れられたくない話題その2だったけど、純粋に褒めてくれる光稀ちゃんを突っぱねることなんかできなくて。腹の底でどろっとした何かを感じながら、唇には笑みを乗せた。 「あと、これだけは言っておきたいんだけど、」  そう前置きした真咲ちゃんは、光稀ちゃんと目配せすると、二人は同時に口を開いた。 「私達とマミちゃんが友達なのは変わらないからね」  訊きたいことは山ほどあったはずだ。お兄ちゃんなんかどうでも良いという態度をとっているけれど、本当はそうじゃないと知っている。なんだかんだ言ってユイの家は皆、仲が良いのだ。もうユイの話題は出ないと思って安堵したけど、真咲ちゃんも光稀ちゃんも私に気を遣ってくれただけだ。二つ年下の二人は、私なんかよりずっと大人だと思った。
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