(6)文化祭一日目

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 その後、二人で少し早めの昼食をとって、別れた。アオ様は部室に向かい、私は会議室に行った。美術部の当番だ。とはいえ、あまり人の出入りがあるわけではないから、ただ椅子に座っているだけで時間は過ぎていった。  暇を持て余した頃に演劇部の公演があるのはありがたかった。私が第一体育館に行ったのは、合唱部がラスト一曲を歌っている最中だった。この次が演劇部だ。二階のギャラリーに上がり、混雑している中でなんとかステージ正面に潜り込んだ。 ※※※ 「……面白かった」  黙って見ていれば良いのだから、一人でも目立つことはない。助かったとホッとしたけれど、そんなことどうでも良くなるくらい演劇部の公演に夢中になっていた。  去年は、記憶喪失の勇者が主役のファンタジーで友情に重点を置いた話だった。今年は、現代物……というか、舞台はそのまま高校の演劇部だ。シリアスな雰囲気で話は進んでいくけど、途中、舞台袖で待機していたはずの主役が消えてしまう。主役不在のまま、なんとか場を繋ごうと脇役達は必死になる。だけど、アドリブを入れたせいで辻褄が合わなかったり、勝手に新事実が発覚したり、謎の回想が入ってきたり、ドツボにハマっていく。その様が滑稽で笑える。 「……マミちゃん?」  やっぱりこういうのは振り切ってやるから面白いんだよねと満足感に浸っていると、不意に名前を呼ばれた。隣を見れば、栗色のロングヘアーの女の人が微笑んでいた。 「あ、良かった。髪違うから自信なかったけど……マミちゃんってなんでも似合うんだね」  ーー遥香さんだ。  え、こんなとこで? ヒナ、何も言ってなかったけどなと呆然とする。三者面談の時に顔は合わせたけど、すれ違った程度だった。面識があるとも言えない状態で、声をかけられるなんて思いもしなかった。 「マミちゃん一人?」 「あ、はい。皆、色々忙しくて。暇なの私くらいなんです」 「そうなの?」  遥香さんはクスクス笑っている。それだけで空気が柔らかくなるような気がした。ウェーブがかかっているフワフワした髪も、純度100%みたいな透明感のある声も、遥香さんの雰囲気によく似合っている。ヒナは遥香さんのことを高尚で神聖な存在だと熱弁していたけど、……まあ、分からなくもない、かもしれない。 「今日はヒナ、見に来たんですか? あ、でも、ヒナ裏方だから……」 「うん、知ってる。ポスター貼ってあったのを町で見ただけなの。暫く次朗くんとも会ってなかったから、行ってみたくなっちゃって」 「サプライズ」と茶目っ気たっぷりに遥香さんは笑った。遥香さんは顔立ち(勿論、可愛いけど)よりも雰囲気がすごく可愛いくて魅力的な人だと思った。 「遥香?」  遥香さんは一人ではなかったみたいだ。隣にいる男の人が不思議そうに遥香さんを呼んでいる。その人を見てピンときた。
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