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私の家族といえばお母さんだけだし、そのお母さんは仕事、仕事で普段、会話をすることは少ない。親子仲が悪いわけではないけれど"温かな家庭"というものには程遠い。ヒナにも色々あるのは分かっている。それでもやっぱり羨ましい。そんなことを思っているうちに、遥香さんとお兄さんは帰ることになっていた。
「またね、次朗くん。マミちゃんも。楽しかった」
ふわりと笑いかけられると、優しい気持ちになる。ただの体育館の出入口が、特別な場所みたいに思えてくるから不思議だ。訊いたことはないけれど、ヒナは遥香さんのこういうところに惹かれたのかもしれない。今、私の隣に無言で立っているヒナはきっと、遥香さんを好きな気持ちで胸がいっぱいになっている。
「私も楽しかったです。遥香さんやお兄さんとお話できて」
それから、私とヒナはその場に留まり、遥香さんとお兄さんは昇降口がある方向へ歩いて行った。「久しぶりに母校に来るのも良かったでしょ?」と遥香さんの声がする。お兄さんがなんて答えたのかまでは聞こえなかった。
「お兄さん、卒業生だったの?」
「一応。兄貴の時は、成績順にクラス分けされてたらしいけどな」
「え、なんかシビア。一組が頭良いクラスで……とかそういうことでしょ?」
「そうそう。俺らが一組はありえないよな」
「あはは。言えてる」
冗談混じりに話をしながらも、ヒナの視線や足は次第に小さくなっていく遥香さんへ向いていた。本当は昇降口……どころか、正門まで見送りたいのかもしれない。でも、そこまでの時間はないみたいだ。
「ヒナは演劇部、戻るの?」
「途中で抜けてきたからな。マミは?」
「私は……うん、適当にブラブラしてから教室戻るよ。片付けとかはやらないとだし」
文化祭の終了時刻まで、まだ微妙に時間がある。どうやって過ごそうか考えた時、ヒナには今日、自由な時間はなかったことに気がついた。
「ヒナ、何か欲しいものとか食べたいものとかあった? お使いくらいなら頼まれてあげても良い、け、ど……」
ーーなんで。
体育館の出入口で話をしていたのは失敗だった。体育館内のどこにいたのかは分からない。でも、そこからユイが出てきたのだ。ヒナは、硬直した私を不自然に思ったのか振り返った。
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