82人が本棚に入れています
本棚に追加
1
木々がそれぞれの色を身に纏う秋、
とある地域の公民館で、老人と高校生の孫が双六に興じていた。
ところが、場の雰囲気は和気あいあいには程遠い。
「6が出ればゴールじゃな」
皺の刻み込まれた掌から放たれた賽子は、願い通りの出目を見せた。
「よしよし」
ほぼ新品の白い駒をスタート付近に取り残し、
年季の入った傷だらけの黒い駒がいそいそとゴールに到着。
「くそ、また負けかよ」
「秀一は本当に双六が下手じゃのう」
「双六はただの運だから、下手とか上手とかないよ」
老人は駒を片付ける手を止め、嘆く孫を語気を強めて諭した。
「まだそんなことを吐かしておるのか。
それでは、いつまで経っても強くはならんぞ」
「じゃあ、あと他に何があるって言うんだよ」
ゆっくりと開かれる老人の口。そこからはいつも決まった言葉が出てくる。
「精神を落ち着かせてみるんじゃ。それが極限に研ぎ澄まされた時には、
賽子が自ずと応え、狙った出目になる」
「いい加減にしてくれよ、じいちゃん」
その話は聞き飽きたと言う風に、秀一はまるで取り合わず玄関へ向かう。
「明日が全国大会の決勝戦じゃろ? 日本一になって帰ってきておくれ」
彼はろくに返答もしないで、そのまま公民館を後にした。
「俺にとっちゃ、双六なんてただのお遊びさ」
秀一は目指す場所へ歩きながら、何とか自分を傷つけまいと言い訳をする。
けれども実際、彼の胸中は虚ろな不安に満ちていた。
最初のコメントを投稿しよう!