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「良かったらでいいんだけど、付き合ってくれないかなあ」
彼は早口で言ってのけると、こちらに右腕を差し出してきた。
よろしく、の握手の合図だ。
お互いに掃除の手を止めて、その場に立ち尽くしてしまう。
「……ちょっと待ってよ、どうして急にそんなことを言うの?」
私の頭はパニックになってしまっている。
ただ隣の席に座っている男の子であって、必要以上の事は全く話したことがなかった。
好意を示したことすらなかった気がする。
付き合うなんて、私の辞書には早すぎる言葉なんだよ。
「……ええ、分からないかなあ。
こんなにも”ありがとう”って言ってくれたのに」
彼も困ったように顔を背けている。
私はその場にぺたんと座り込んでしまった。
つまり、こう言う事だ。
私が当たり前のようにありがとうと口にしている。
どういう訳か、彼は好意があると受け取っていた。
……私は、この言葉で彼に恋の魔法をかけていたようだ。
静かな教室に沈黙が流れている。
ちょっとだけ揺れるカーテンがささやかな効果音を奏でていた。
ああ、何か言わないと。
深呼吸した私は彼の瞳をしっかり見た。
お互いの顔が、しっかり熟れたトマトの様に赤くなっている。
「初めて言ってくれた言葉だよね。
ごめん、今はそういうの考えられないんだ」
でも、少しずつ話していこうよ。
クラスメイトなんだから。
私はこう告げると、彼はやっと落ち着いたようだった。
最後に一言だけ呟いて、先に帰ってしまった。
「ありがとう」
ちょっと待ってよ、掃除の途中でしょー!
私がこういうも、彼の耳には届いていない様子だった。
だけども、なんだか嬉しかったんだ。
-おわり-
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