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第三話『セイレーン』 1
古い昔、歌い鳥と呼ばれる獣人の種族があった。
姿は鳥類属に近いとされていたが、環境の変化や他種族と交雑して形を変えやすい種族であったため、混沌種として分類されていた。
海にあれば海獣属と混ざり、山地にあれば大型獣類や鳥類属と混ざり、砂地にあれば蛇属や蜥蜴属と混ざる。そうして大陸中に亜種が広がり、それらは別の種族となった。
歌い鳥の名の通り、その亜種属たちは全て特殊な声を使う種族。そのうちのひとつが、山間部の水辺に根付いた妖狽鳥と呼ばれる種族である。
歌い鳥の亜種属は、その声の力を使えば他者に暗示をかけられるという噂があった。
事実、そういう力もあることにはあるのだが、彼らはそれを好き好んで使うことは無い。主に肉食の狩猟種族であるとはいえ、彼らは好戦的ではなかったからだ。
彼らが声を使うときは、仲間との意思疎通と獲物を狩るときのためだけ。他の獣人をただ操るために使うことなど、考えてもいない事だろう。
だが、いつの頃からか、まことしやかに噂が立った。
その力を他者が命令して使わせることができるのなら、他者を騙し、操り、動かせるのではないか、と。
例えば商い。例えば戦。例えば、政。そんな場所で使えるのではないか。
飼い慣らせれば、常に有利を取れる。上手くいけば、国ひとつ滅ぼせるのではないか。
亜種の中でも最も原種に近いとされ、大きな群れを持ち、他の種族の獣人と近い生活圏を持っていたセイレーンは、格好の標的となった。
噂を信じた者、信じるものを利用して利益を得ようとした者たちが、セイレーンを狩るようになった。もちろん狩る側も無傷で済んでいたわけではない。爪と牙を持つ種族相手に成功したのはごく一部であっただろう。多くのものが命を落としたが、抗い逃げたセイレーンもまた、その結果数を減らすこととなった。
事態を憂いた竜の王たちは、歌い鳥の種族全てを大陸全土で保護対象にするよう命じ、セイレーンも表立っては保護される種族となった。が、裏ではまだ狩り……密猟は続けられている。
「しかし、セイレーンとはね……」
「面目ない、女王陛下」
「仕方ない。貴方たち狼属は特別耳が良いのだもの……。あの時の事があったからこそ、貴方はこちらに助力を求めたわけでしょう」
「また……他力本願となってしまうのは、情けない話ですけどね」
ちらりと、アルグはロウとセイへと視線を向けた。
アルグと向き合う位置に座るロウは不機嫌そうに、セイは顔色を変えたまま、口をつぐんでいた。
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