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第四話『大祭準備』 1
赤い月の満ちるまで、青い月があと二度ほど巡る。滝の下流域で水位がさらに上がり、湖沼群が本格的に大きな汽水の湖と変わり始めるのはこの頃からだ。
リーパルゥス中心に存在する滝を挟んで西側。王の住まう御城を見上げる城下町では、中央広場へと通じる道の補修や飾りつけ、軒を連ねる多くの店も祭りに向けての準備をそわそわと始めていた。
川を行きかう船も増え、広く薄く広まったリーパルゥスの国内全域、王都のみならず、近隣の小さな村々から、日を追うごとに人が集まり、少しずつ華やかさが増して行っていた。
対して東側。滝より上流の湖沼群をひとつの沼地と例えるならば、そこは半島。御城と城下町を遠くから見下ろせる位置に、リーパルゥス第二の城とも呼ばれている岩の城塞がある。
その城塞内部の大会議室では、城下町とはまたちがう賑やかさを以て大祭の準備が進められていた。
「各地の水路の補修は」
「優先度の高い順から手を付けています。補修の要請があった箇所の四割ほどが終了、残り六割は青い月でひと月あれば終わる予定ですね」
「船着き場の桟橋新設と、石畳の整備はどうなってる」
「資材が整い次第、着工できます。……資材調達班、手配の状況は?」
「上流部からの木材と他の資材は揃っていますが、下流から来る石畳用の石材がまだ届いておりませんね。……予定では近日中届くのですが、風と霧の状態にもよりましょう。桟橋に使用する木材に関しては両岸共に、本日中に小舟で運び込める予定です」
「よし。では、桟橋新設から取り掛かろう。……あとは大橋だが。できるだけ早急に補強と修繕を完了させたい……、人手に余裕あるか」
「水路補修が終われば何とか」
「大橋の方を優先で急がせてくれ。東西の交通が滞って不便だと城下から苦情が来てる」
「わかりました、都合を付けてみます」
ばたばたと、指示を受けた兵が動き回る。
特に水の上がりが目に見えて増え始めるこの頃になると、大祭に向けて積みあがっていく様々な仕事を片付けるために、城塞を出入りする兵の数は普段以上に増していった。毎年恒例のその光景を見て、これも大祭に向けての風物詩だと感慨にふける者もいるが、動き出した兵たちにしてみれば落ち着く暇もない時期の始まりでもある。
それらの兵を動かし差配するのが、竜将、ロウの仕事であった。
「あとは、渓谷の砦と、王都両岸、船着き場の監視強化の件だが――」
天井は高く、壁は垂直に叩き整えられた剥き出しの石壁。ひんやりとした空気が満ちた室内には、明かり取り用の窓から陽の光が優しく差し込んできていた。
張りのある声が室内に響き渡ると、室内に残っていた者たちが一斉にロウへと視線と耳を向けた。
「何日か前に話した通り、他国の厄介案件をちょっとばかし抱え込んじまってる。……なぁに、話を聞いた限りじゃ王都の中心まで来てることはないだろうが、一応、こっちの警戒も続けて欲しいって話でな……万が一何かあったら困る」
残っていた兵の数は少ない。二十に足りぬほどの数が、それぞれがロウの声を黙って聞いていた。
「キナリ。王都の船着き場の報告を」
広い議場の一番奥まった席に一人座ったロウが、担当を任されていると思わしき青年へと声を向けた。
名を呼ばれ立ち上がったのは若草色を溶かした乳白色の毛色をした、ほっそりとした羚羊属の青年だった。額から生えた角の大きさからして、まだ若く、成獣して数年目と言ったところだろうか。
「はい。報告いたします」
落ち着いた声でキナリは答えた。
「大祭前ですが他国からの船は増えています。着岸する他国船に対しては、全て、大河の通行証と、商船ならば商業に関する許可証も提示させるようにと、警備の者たち全員に指示してあります。現在、提示を拒否した船はありませんし、逃げた船もありません。……狼属の男と、黒髪の鳥獣属の女、に関しましては……不審な動きをする者はいない。と言いたいところなんですが、その。若干数が多く把握しきれていないのが現状でして……」
「船着き場以外の、隠れたところに船があった、なんて話は?」
「今のところありません。おかしな船があったら伝えろと警備の者以外の……一般の、漁師や渡し舟を利用する者たちにも伝えてありますので、もし見つけられたら、こちらへ報告が来るかと」
うん。とロウは返事をして頷いた。
――砦からの報告にもそれらしき船は無かった。アルグから話を受けた日よりも前にリーパルゥスの王都周辺にまで入り込んでいる可能性もなさそうだな……。となれば、まだ国境よりさらに下流にいるということになる。
そう結論づけたロウの頭に、キナリの声が細く届いた。
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