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第七話『生き残り』 1
生まれた群れを失い、密猟者に捕らえられて売り買いされ、きっとセイレーンという種族は、身も心も自分のものにはならぬ種族になったのだなと悟った、長い船旅の間。どこかで耳にした噂話があった。
――北に流れる大河の渓谷に、小さなセイレーンの群れがあるらしい。
群れの人数は二十ほど。若い群れで、周りの国から監視されているから密猟者も近づけない。保護対象として守られながらそこに住んでいるのだとか。
遠い異国の話で真偽のほども確かではない。密猟者が作り出した噂なのではないかと思っていた小さな理想郷の話は、旅の途中で真実味を増した。
彼女たちを乗せた船の向かう先、その話の渓谷が存在するというのだ。
川の上流、近々祭りが開かれる。
その祭の行われる国、リーパルゥスという。そこに。
セイレーンが。その群れが。いた。いる。
今でも? どうだろうか。あれは守られていたから。もしかしたら。まだ。
途切れ途切れ、船乗りたちが口にする話が耳に入る。
遠くの地で聞いた話よりも、濃縮された話だと、彼女は感じた。
セイレーンがまだそこにいる。そんな話を耳にして、彼女の姉の目つきが変わった。
「群れを迎えに行って、あたしたちの戦力にしよう。タウゥ、お前も付いておいで」
歪んだ笑みを浮かべながら、女は、妹、タウゥにそう言った。
話を繋げていくと、群れがいると思わしき場所の近くには砦があり、兵がいるということがわかった。
ならば多少なりの戦闘になる可能性があるのではと、タウゥは思ったが、しかし姉は襲撃に作戦というほどの作戦を敷いたわけでもなく、ただ無謀な突撃をするだけだった。そんな行動に、タウゥは勝機を感じていたわけもない。小さな小さな群れではあったが、長である姉の命令は絶対で、歯向かう方が恐ろしかったから、黙ってついて行っただけなのだ。
姉は、そこに同種族がいるという話か見えていなかった。兵がいても、声で押さえつけてしまえばいいと、自分の声を過信していた。まさか迎えに行ったはずの同種族に拒絶され、反撃を受けるなどと、彼女は思っていなかったことだろう。
あのまま砦に向かって行って、姉は無事に済んだだろうか。
タウゥは最後に見た姉の背を思い浮かべて、深く息を吐いた。
――あたしは……、生きてる。ってことは、捕まっちゃったのか。
追っていた相手との力の差を見せつけられてしまった時点で、命は無かったはず。砦に響いた声の張り方も、奇岩群をすり抜けて飛ぶ翼の使い方も、彼女たちには到底真似できるものではなかった。勝ち目はない。それは意識を失う前の時点ではっきりとわかっていた。
深手を負って、気を失い、動けないところを捕らえられたのだろう。
生かされるだけの価値があるのだろうか。ああ。あると言うならそれはどんな価値だろう。タウゥは身に慣れた暗く粘り気のある気持ちを沸き立たせる。
川に落ちしばらくした頃。揺らぐ意識の中、周囲に数人の男たちの気配を感じた。肌に触れる何かの感触。嗅ぎ慣れない薬の匂い。
何をするの。いやだ。触るな、近づかないで。
抵抗した、という感覚は残っていた。そしてその後、タウゥの抵抗した唸り声に戸惑う男たちの気配の中から、その声を打ち消すような声がしたことも。
「治療をするだけだ、暴れないでくれ、頼む」
目は暗がりと血の足りなさでぼんやりとしか見えていなかったが、声は周囲の雑音をはねのけるようにはっきり聞き取れた。
「お前の思うようなことはしない。だから動くな。休んでいろ。安静にしていれば痛みは感じないはずだ」
その声は、涼やかで心地よい声だった。姉の使うような、縛り付け、強制するものではない。けれど、不思議とその声は体全体にしみこんでいった。
すっと力が抜けていく。強張っていた身体が浅い眠りを掴もうと、ゆっくり溶けていくようだ。もう何年も感じたことのない優しい感覚に、タウゥが身を委ねていた時だった。どこか遠くから届いた音に、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
――今の……なに……?
びりびりと、谷を駆けていく強い気配。聞いたことも無い、恐れを感じる獣の咆哮。
完全に目を覚ますと、タウゥは自分の体が治療されていることに気がついた。体全体が疲労と怪我とでずしりと重く、熱を帯びている。けれど不思議と痛みは無かった。
喉は掠れていたけれど、声は出るようだ。
「あんた……」
弱々しく息を吸い込むと、自分の横たわる場所から見える場所、けれど少しばかり距離を置いて座っている影に向けて。
「……あんた、名前は?」
タウゥはまずそう口にした。
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