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第八話『願い』 2
「セイ君、戻りました。……我々が降りて行っても大丈夫ですか」
アルグの声に、通路にいたセイが耳を揺らした。声はタウゥにも届いたようで表情の中に小さく怯えた色を含ませる。
「少し待ってくれ」
セイが返答を返す。アルグたちはそれに従って足を止めた。
「さっき話したろ。……お前が捕虜にされた理由」
「ええ」
「話せるか? あいつらが怖いと思うなら、俺が代わりに話を聞く」
「……、平気」
タウゥが深く息を吸った。上手く肺が膨らまないのか、数回引き攣るように胸が震えた。鎮痛の声が今どの程度効いているのかわからないが、せめて話が片付くまでは持つだろうかとセイは考えながら、ようやくアルグを招き入れた。
「貴方が、あたしに用がある、っていう、ひと?」
「そうだ」
タウゥの黒い眼は、一変して強い警戒の色を見せていた。問われたアルグは、一歩部屋へと踏み込むと腰を下ろしてからタウゥと向き合った。
「貴方、あれでしょ。ずっとおじさんの周りを、嗅ぎ回ってた、狼さんのお仲間」
「……話が早くて助かるな。そうだ、私たちはルプコリスのコルナウスという。……君の言うおじさんとやらを裁くために、追っていた組織だ」
ルプコリス。とタウゥは口の中で呟いた。聞いたことのある名だった。そう、本来の目的はその国にあったはずだ。通り過ぎ、寄り道をしてしまったけれど。
「驚かないな」
「おじさん、ずっと追われているとは言ってたし、そもそも、あたしたちをお金で買うようなひとよ。……極悪人かと言われると、微妙なところだけど、真っ当な人ではないことは、わかるわよ、さすがに」
「……賢い子だ」
アルグはその返答に少しだけ笑みを見せた。ふわりと、彼の中で張り詰めていた緊張の糸がほんのわずかだけ緩む。
「それで、何を聞きたいの。あたしは何を、話せばいいの」
顔色はあまり良くない。むしろ助けた時点よりも悪くなってきていると、向き合うアルグも、後ろから見ているセイたちも感じていた。長くは持たないだろう。アルグが最初に感じたことを、タウゥもわかっている。言葉にしないまでも、尋ねることがあるならば急げと、視線が訴えていた。
頷き、アルグは簡潔に言葉を選ぶ。
「聞きたいことは、五つある。簡単に聞く、簡単に答えてくれればいい」
「わかった……」
アルグは片手をすいと差し出し、指を一つずつ畳みながら質問を始めた。
「君の言う、おじさんというのは、フォロゴという名で間違いないか」
「……間違いないわ」
「男の目的は知っているか」
「国を取るのだとか、滅ぼすのだとか。あたしたちを買ったとき、そんなことを言ってた気がする。ここへ来る前も、王様を、殺すとか、そんなことを言ってた……」
「……君たちの、同種族の数は。同族以外に仲間はどれだけいる。戦力はどの程度だ」
「純種のセイレーンは、あたしと姉さん、……さっき、一緒にいたセイレーンね。名前はビキ。……それから、あたしたちの群れにいた、姉さまたちが三人。姉さまたちが産んだ混ざり子……もうだいぶ大きいけど、それが三人……。まともに飛べるのは、もうビキ姉さんだけよ……。他の姉さまたちは、飛べないから……」
タウゥは、素直にアルグの問いに答え続ける。
「……戦力、に、ついては、戦い方を知ってるのは誰もいない。でも……姉さん以上に、子供たちの方が、厄介かもしれないわね」
「厄介……?」
小さく声を漏らしたのはセイだった。それにタウゥが短く返す。
「いつもお腹を空かせていて、……人と、食べても良い獲物の、区別がつかないのよ。かろうじて姉さんの言うことは聞くけど、抑えがきかなくなる時も、あるの」
その言葉にぐっと眉根を寄せたアルグは、そうか、と溢してから質問を続けた。
「その点は、頭に入れておこう。では四つ目だ、……フォロゴが、君たちの乗っている船を手にした経緯は。……あれは我が国の船の型じゃない、海洋を行く船で、西か、あるいはもっと南の形だ。……君たちまで買い取って、さらに船を調達できるほど、あいつは資金を持っていたのか? それとも誰か、支援する者がいた?」
「お金に関しては、知らないわ。おじさんに、仲間がいるのも、わからない。……でも、あの船は、あたしたちの、前のご主人様が持っていたの。……あたしたちを買ったときに、前のご主人様から手に入れたものじゃないかしら……」
そうか。とアルグはため息をこぼす。
「それで、……最後の質問は、何?」
促され、アルグは五つ目の問いを口にした。
「……私の部下の事を、知らないか」
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