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第九話『呪いの名』 2
昔、南西の皇都、リューミャの端には特別な村があった。
都の端と言うものの中央部にはまだ近いと言える。住んでいた種族の統一感は無いものの、似通った種族同士で小さな集団をつくり交流し合う比較的大きな村であった。
そこは竜皇の加護の下、保護されるべきとされた種族たちが集められる場所として設けられた土地だという。誰が呼び始めたか、その村は『竜皇の箱庭』と呼ばれていた。
最後に箱庭へ希少種族が加えられたのは、竜皇の代が変わる以前の話。竜皇の権力が届く地域から集められた、数十人に及ぶ黒髪の女たちだった。
狩猟種族の、鳥獣属。女ばかりで、濡れ羽色の髪、磨いた黒曜石のような眼。声に特徴ある彼女たちは、その頃竜の一族が保護対象とした歌い鳥の種族、セイレーンだった。
それから長い時が過ぎ、初めは周囲と距離を保っていた女たちも村の生活に慣れてきて、他の種族と交流を重ねるうちに特殊な生殖法を取る同種より他種族と子を成すことを選ぶ女たちが増え始めた。すると、セイレーンの血はだいぶ薄まっていったという。
不思議な音を持ち、よく響く彼女たちの声は、他種族との間に生まれた子には引き継がれなかったのだ。
――濃くしてはならぬ。しかし、薄めてもならぬ。
ある時誰かがこう言った。声が消えることを惜しんだ者か、それとも、種族が消えることに恐れを感じた誰かであったか。
それからしばらくして、箱庭にいたセイレーンたちは分裂した。
血を混ぜ、力を失った者たちを、純種のセイレーンたちが見下すようになったのだ。
竜皇に選ばれた種族であるならば純種であることを守ることこそ尊いのだと。それこそが、種族としてあるべき形なのだと。
「……それが、流行り病で箱庭が枯れ果てるまでの間続いた、と」
セイが、先ほどタウゥから聞いた話を語って聞かせていた。
薄く晴れていく霧の隙間、月明かりに染まった赤紫色の空が見える。
「その流行り病で、セイレーンを含めた純種の多くが死んだらしい。……生き残ったのは、奇跡的に病にならなかったタウゥたち姉妹と、病が軽く済んだ純種の子供が数人。あとはいろんな種族と混ざって生まれたやつら。でも混ざったやつらは、純種のセイレーンに差別を受けてたから、……たとえ子供だけでも、セイレーンだけは助けてはもらえなかった。と……」
「他種族がそこそこな数がいた故の純血主義か、いや、隔離村だからこそ起きた話か。……そういう考えがあること自体は珍しい話じゃないが……不幸なこった」
ロウが低くそう呟いた。
「それで……箱庭の連中に見捨てられたタウゥたちは、その後すぐ希少種を狙った密猟者に捕らえられて、リューミャの都の闇市でどこかの富豪に買われてから、その先でしばらく暮らしたけど……、問題起こして、アルグの追ってる男に買われたと言っていた」
「…………そうでしたか」
船の一室、タウゥの最期を看取った彼らは、甲板で夜の空気を浴びていた。風を待つのも理由のひとつであったが、血の匂いで重く沈んだ気持ちを切り替えるためでもあった。船の中では彼女の亡骸が清められ、ルプコリスへ着き次第埋葬できるための支度をしているという。
「おじさん、とやらは、ずいぶん優しくしてくれたと。……特に姉の方とは気が合ったらしくて、理想を語り合って、仲良くしていたそうだ」
一見すると、種族の違う番かと思われるように。
「へぇ……」
アルグが、意外だという顔をする。
「語り合って、燻ってた願望に火が付いたんだろうな、お互い。……いや、特にビキの方だ」
「フォロゴではなく?」
「ビキ。なんていう、名を背負わされたんじゃ、なあ……」
口を開いたのはロウだった。床に腰を下ろして、深くため息をこぼす。名の持つ意味を含んで吐き出された複雑な音持つ声は、冷たい床へと落ちていく。
「……そんな名は、呪いに等しい。ある意味では、……幸福なことかもしれないが」
「? 呪い……とは。すみません、私にもわかるように話してもらえません?」
ロウとセイの対向かいに立つアルグが首を傾げた。ああ、とロウはすまなそうに顔を上げ、言われた通りアルグにわかるように話を始めた。
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