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第九話『呪いの名』 4
隣に立ったままのセイの表情も僅かに暗い。
「大方、ルプコリスの王を倒した後は、竜皇が箱庭を作ったように、セイレーンの国を作ればいいだのと誑かしたんでしょう。……あいつは、そういう手を使って人を騙して、話を大きくしては好き勝手やらせて国を乱したんだ……。机上の空論を述べる以外の能が無いくせに」
アルグは言うと、すっと腰を上げて背伸びをした。
「なるほど。あのセイレーンは強制的に使役されているわけではなく、共犯者か。……少し厄介だが、それならそうで、打つ手はある」
「……やっと動くのか?」
「ええ」
セイの問いに頷いてから、アルグは満ち行く月を背にして深々と、ロウとセイに向けて頭を下げた。
「……これが、私の、コルナウスとしての最後の仕事です」
淡く赤を溶かす光に負けぬ、鈍く光る銀の髪がすらりと流れて落ちていく。毛の一本一本が流れ落ちる様は、なんとも優雅なものだった。
「どうか、……御二方にはもう少し力をお貸しいただきたい。せめて、あのセイレーンを無力化できれば、後は全て我らが片づけますので……」
深く頭を下げたまま、アルグは返答を待つ。ここで断るわけにもいかぬだろう雰囲気の中で、ロウは顔を上げて、霧の切れ間を見据える。
谷を駆け上がる風が、ゆったりと霧を流していくのが見えた。夜明け前の冷えた空気が新たな霧を生み出しそうな気配がする。
「答える前にひとつ。俺も聞いておきたい」
「……何でしょう」
顔を上げたアルグに、ロウは言葉を選んで問いかけた。
「貴方はどうするつもりでいるんです」
「どう。とは?」
「その、フォロゴという男と向きあうとき、貴方はどの立場の貴方でいるつもりですか、と」
夜明け前までに、ロウは戻るべきところへ戻るつもりでいる。セイもそれに従って付いていくことだろう。返答を返せばすぐにでも発てるという風が吹いて、ロウはそれでも、アルグの問いに対する答えを告げることを急がなかった。
まずはこちらの問いに対する返答次第だという視線を向けて、ロウはアルグと向き合った。
「……どの立場、か」
アルグは喉の奥で笑う。
「何も背負わぬオレ個人としてではない。とだけ、言っておきます。……そうならずに済むなら、そうしたい……。オレも、すべてあの男にくれてやる気は無いんでね」
答えたアルグに、ロウは苦笑して見せた。
「そういうことなら、もう少し協力しますよ。……あんたが妙な事を言うようなら止めてくれと、とある方から言われて来たので」
ゆっくりと腰を上げたロウが、いたずらにそう告げると、アルグは何か思い当たったのか動きを止めた。
「……なっ」
突然何やら気まずそうな表情を見せたアルグに、畳みかけるようにしてロウは言う。
「あんたは、ここから川下って、先にヴァリスコプの城へ向かって下さい、俺たちも後から向かいます。……これでやっと俺も動き出せる……。ならば、思ってるより早く片づけられるはずだ」
「ヴァリスコプ? 何故、貴方にはそんな伝手 ……!」
何故と問うアルグの言葉は途中で途切れた。問うまでもない、そこまで繋げられる存在を、アルグもよく知っていたからだ。
「まさか……」
「先にそっちでしっかり話し合っておいてくれ。……これ以上はあんたらの国の話に首突っ込めないからな」
また強く風の吹く気配があって、ロウは急いで身体を獣の形へと姿を変えた。続いてセイも、翼を広げて風を纏う。
「ロウ、先に行くぞ」
「ああ、風読み任せた。一度トキノのところへ寄りたい、城塞へ戻る前に山城へ向かう」
「了解」
谷を吹き上げてくる緩やかな風をまず掴み、セイが先に翼を広げて飛び立った。ゆらりと揺れた船の揺れを利用してロウも空へと駆け上がる。
高度を上げる間際だった。ロウは一言言い残す。
「……あの娘、ちゃんと弔ってやってくださいよ」
霧の切れ間に消えて行く二人を見上げ、アルグはぺたりと尾を垂らし、深く息をついた。
「…………まいったな」
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