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第十話『夢』 1
東の空が白んでいた。月明かりの染める色合いとはまた違う、淡い春の花を思わせる薄紅に色づいた朝霧が、王都一面を覆い尽くしている。城下の町を見下ろす高台にある御城は、まるで凪いだ湖に浮かぶ小さな孤島のようだ。
小鳥が囀り始める前、まだ眠りの中にある者たちと、一足早く動き出す者たち。ゆったりと、穏やかに動き出そうとする気配が肌に心地よい時間。
少し肌寒い、けれど心地いい風が開いた窓からするりと入り込んで来る部屋の中。夕暮れの色を溶かしこんだ鮮やかな金色が、寝台の脇にちょこんと座り込んでいた。
「珍しいこともあるものだ……お前がぶっ倒れるなんて。まあ、疲れが出たのだろ。医師はまだ寝ているそうなんで呼ばずにおいたが、必要か?」
小さな手のひらが男の頬を撫でた。
「いや、医者は必要ない。……すまんな、トキノ。……報告だけしてねぐらに戻るつもりだったんだが」
「謝るならまず先にセイにお言い。……渓谷から戻る間、お前が危なっかしく飛ぶものだから、落ちたらどうしようかとヒヤヒヤして飛んできたと、……そりゃあもう、ひどく心配していたんだから」
「それは、申し訳ねえな」
く。と本人にしてみれば笑みを浮かべたであろう表情も、トキノから見れば苦痛を浮かべるものでしかない。
「まずは少し休め。これは、私の命令だよ」
「わかった……。と、言いたいんだが、……疲れはあるのに頭の中がうるさくて熟睡できそうもない。……ここには、何か、眠れるような薬はないか」
「薬か、あるにはあるが……あれはなるべく使わんほうがいいぞ、残ると寝ざめがしんどいからね。そうだ、何なら強制的に眠らせてやろうか?」
そういうことなら得意だと、トキノは言って小さな手を握りしめる。幼い体をしつつも、彼女が本気を出せばロウも簡単には敵わぬほどの力があるのだ。そうでなければ、縄張りを保つ王でいられるわけもない。
「それはやめてくれ。ホント、穏やかじゃねえんだからなぁ……お前さんは」
「冗談だよ。薬はともかく、子守歌なら私より適役が居ろう。あの子は今湯を使わせてる。しばらくしたら戻って来るさ、それまでに自分で休めるなら、休んでおしまいよ」
笑うとトキノは、眠りを誘う香りの花茶でも淹れてきてやると言ってから、静かに部屋を出て行った。
隣の部屋へ通じる扉は開かれたままだ。誰もいないのか、しんと静まる部屋からは何も聞こえない。薄く開かれた窓から差し込む朝日の帯がちらちらと光らせる細かい埃の舞う姿にさえ音が聞こえてきそうなほど静かなのに、ロウの頭の中では、酷い雑音が響いていた。
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