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第十話『夢』 4
若者たちと何やら話し、若いロウは真剣な顔で一緒になって村へと戻る。眺めていた先には土の匂いを濃く溶かした水の流れ。おおかた、治水の事でも考えていたのだろうと、そこではじめて、ロウは懐かしさを感じ始めた。
治水と水利について学び、土の改良を得意とする老いた者たちを集めて何日もかけて議論した記憶がある。
新たな知識を得るとそれを試して畑を増やした。食糧に余裕ができたら人が増え、中には商売を得意にしたものが現れて、領地の中に点在する村々を繋ぎ始める。
領主から兵法と戦術を学び、それを応用して村を守る者たちを増やすと、暮らすことに安心を覚え、余裕を持ち始めた村の者たちが人を呼び、点在していた小さな村からも人が集まり始め、ロウのいた村は数年かけて大きな集団へと変わっていった。
月を重ね、年を重ねて行く間、枯れた大地が少しずつ潤って行く様を見るのが、ロウは好きだった。
「帝国全土が、こんなふうに豊かになればいいのにな。やればできることなのに、何故みんな戦ばかりするんだろう」
若いロウが口にする。後ろで聞いていた男女がいた。彼らは姉弟で、領主の子らだった。彼らの名前は、姉がカシ、弟がウル。ローレライとして、声の使い方をロウに教えたのもこの二人だ。
「誰もやらぬのであれば、ロウ様がなさいませ。カシはどこまでもお供いたしますよ」
「もちろん、ウルも手伝いますとも」
声が大きく、笑い声が賑やかで、ロウはいつもやかましいと言って耳を塞ぎながら、それでも笑って楽しく彼らの声を聞いていた覚えがある。
「……やれるかな。俺に」
前を向く、痛みも穢れも知らぬ眼は、今のロウには眩しすぎた。
――欲、とでも言うのだろうか。あれも。
ロウは一人思う。
――そう、きっとあれは、望むには重すぎる願いだった。……先の事も考えず、目につくすべてを良くしてやろうなどと、傲慢にも思ってしまった。
ぐるりと見渡す景色は、瞬きの合間にするすると変わり続け、若いロウは領地近くで起きた争い事や、領主も招集されるほどの大戦にも出ることになる。その合間にも、土地を耕し営む者たちの手によって、さらに領地は色を鮮やかに変え続けた。
そして、厳しい夏が通り過ぎ、秋の気配が満ちた、ある年のこと。
収穫間近の麦畑が、炎の色で染め上げられた。
「この村は謀反の兆しあり! 事を起こす前に殲滅せよ! 殲滅せよ!」
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