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第十話『夢』 5
村中に轟きわたるその声で、ロウの記憶の中にある幸福な時間が灰と化した。
急速に人を増やし、豊かになっていく領地に疑いの目が向けられたのは当然のことだったかもしれない。だが、偽りなど吐けぬ種族相手に話し合いの場すら設けられず、一方的に、理不尽に、蹂躙されることとなった事だけは納得がいかなかった。
種族に対して知識が無いならいざ知らず、領主も領民も村ごと潰せと言い放ったのは、他でもない声を武器とするローレライたちと、少し前に群れを引き継いだ若き棟梁だったのだから。
そして、それはロウの父である者の跡継ぎを意味し、同時に、彼の異母兄弟であることも意味していた。
その時点でロウの存在を知っていたかは不明だが、そんな男が自分の種族の特性を知らぬ訳がない。
「ローレライの混ざりものの男がいるはずだ! そいつが首魁だ! 構わん、見つけ次第殺せ!」
顔も知らぬ、兄弟と呼ぶことすらできぬ相手が、一方的に、ロウへ殺意を向けて来たのだ。
何故こうも恨まれたのか。探ろうと上げる理由の全ては憶測でしか無い。直接話を聞く術は、昔も今も無いのだから。
――ああ……。だからあれはきっと、報いなのだろう。
胸が痛む。数年かけて積み上げたものが、僅か一日で焦土と化した。
響く声。悲鳴。鋭い爪と牙に引き裂かれ、血を吹いて倒れる者たち。澄んだ水は濁り、血の色に染まった。
逃げろと命じて連れ出せたのは村の一割に満たなかった。残りは、相手の軍が放った声に捕らえられ、すべて殺された。
記憶には無い、虐殺の痕。豊かに変わったはずの土地が血の色に染まった光景を目にして、ロウは震えながら声を吐いた。
「なら、俺は、どうすればよかったんだ。……ただ、俺は、あの村を、俺を受け入れてくれたあいつらの暮らしを、少しでも良くしてやりたかっただけなのに……、何で俺だけが生き残ったんだ!」
動けなくなったロウはその場に立ち尽くす。
焦土はやがて吹雪に包まれ、辺り一面が白い闇へと変わって行く。意識はさらに深い所へ引きずられ、眠りは浅いままロウを蝕み続けた。
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