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第十一話『幻竜の将』 1
ロウの意識は真っ白な闇の中だった。
山肌を突き上げる強い風と、読みづらい谷の風が翼を何度も叩きつけた。
いつまでも執拗に追いかけて来る追っ手から逃げきるため西へと向かい、ついに竜骨山脈にまでたどり着いてしまっていた。引き返しても進んでも、命の保証などない道だ。それならばと、彼らはわずかながらも生存確率の高い選択を取る他なかった。
季節は冬に向かう頃、最も風の荒れる季節に無謀なことだと、今なら思える。
付いて来た僅かな者たちのほとんどが、追っ手から逃げるための囮となって犠牲になった。逃げろと命じた側が先頭に立ちながら逃げ続けることの皮肉さを抱えて飛ぶロウの後ろ、最後まで付いて来ていたのはウルとカシの二人だけ。
吹雪の合間を縫って、風の弱まる岩場で休みつつ、雪の下から小さな獣や草木を探しては喰らい、先へ進んでいた最中だった。ロウの風の読み違いで谷へ落ち、ウルは翼を折り、カシは小型の獣を狩るために長時間風雪の中走り回った結果、凍傷が悪化して空を蹴る爪のほとんどを失っていた。
ロウも怪我や凍傷を負っていたが、かろうじて爪も翼も無事だった。彼一人なら飛べる。そんな状況で。
ああ。とロウは息をつく。
―― ……この先まで見せるのか。
岩と氷と、雪に包まれた小さな洞。そこに留まって何日目の事だったか。
「もう、我々は進めません。どうか、ロウ様、……貴方だけでもどこか遠くへ」
「俺もここに残る。お前たちが死ぬというなら、俺もここで」
「いけません。ロウ様、そんなことを軽々しく口にしては」
飢えと疲れは限界で、放っておけばロウも長くはもたぬ状態だった。どうしてそこまでと問うと、二人は答えた。抗えぬほどの力を込めた力を、声に乗せて。
「……我らは貴方に希望を、夢を、見させていただいた。……だからどうか」
我らを喰らえ、生き延びろ。
そう言ったのが、彼らの最期であったか。
蘇るのは鮮血の色。喉を通った、温かな熱。
――やめてくれ!
叫びと同時、ロウを引き上げた声があった。
――「 」こっちに来い!
一声。
何かのはじけた感覚があった。その一瞬、白い闇も、赤い悪夢も、薄氷が砕ける様に割れて、洗い流され落ちて行った。
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