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第十一話『幻竜の将』 3
「我はお前。お前の内にある、ローレライではないお前。お前の中に半分だけ潜むもの」
そう返されて、ロウは目を見開いた。
「ならばお前は、――俺の中の『竜血』か」
「ああ、そう言えば良いか……。そうだ、我は竜血。そして、この国の者たちがお前の中に見出した、お前の器、お前の座すべき、お前の中の玉座」
彼は声に左右されない。名を呼ばれずとも揺らぐことはない。長い間ずっと、ロウの中で息づいてきた、幻竜とは違う種族の血が作り出した者。
守ろうと決めたものを守り、祝福を与え、座した土地には繁栄をもたらすと言われる尊い獣。
ロウが母から引き継いだ血の流れは、ルーテの長にして大陸の支配者の血統。竜の血筋、その直系の末にある。ロウ自身それを確証があって信じていたわけではなかったけれど。
その、竜血。竜の側面である彼が言う。
「我はお前によって長く眠らされてきた。……が、目が覚めてよりこの国を、この国の民草を、愛おしいと思うようになった。守りたいのだ。できうる限り、強く、長く、健やかに栄えさせてやりたいとも思う。あのときできなかった分、ここでそれを果たしたい。いいか、我はお前の思う以上に欲深いのだ。……だが、我の内側に今のままのお前がいては、我の望みは叶わない」
「そのために、俺を潰そうとでもいうのか」
「まさか。そんなことをしたら我も死んでしまう。我は器だと、言っただろ」
まあ、耳を澄ませてよく聞けと、竜の側面のロウが長い尾を振り上げると、景色はまた一変した。
「我はあの声に呼ばれて、形を得て、お前を迎えに来ただけだ。用が済めば、黙ってやるさ。そもそもこれはこのときばかりの、一時的なものでしかないからな」
たん。と、また雫の落ちる気配がした。
「声……?」
「聞こえるだろう。あの声が」
ロウが顔を上げると、竜の側面の自分とは違う声が聞こえてくる。名を呼ぶ声には拙いながらも感情の欠片が含まれる、それは紛れもなく同属のつかう声だ。
ロウが気付くと、竜血は口元に笑みを浮かべながらロウの足元へと近づいて身を伏せた。
「呼ばれている……、だれかが俺の名を呼んでいる……?」
声は必死に呼び続ける。
――ここが今のお前の居場所。それは新たにお前がこの国で得ていたかたち。俺が見聞するお前の姿。もう揺らぐな。迷わなくても良い。大丈夫だ。俺がいる。こっちへ来い!
声を探して空を仰ぐ。けれど、ロウの記憶は混濁していた。
誰だろう。誰かはわからぬ声だ。覚えはない。知らないはずなのに、何より知っていると思える声だ。けれどあの山の向こうに置いて来た者たちの声ではない、そんなはずはない。彼らは皆死に絶えた。もう、名前を呼んではもらえないのだ。
それなのに。
新たに俺を形作り、ここに在れと、目を醒ませと言うのは、誰だろうか。
――「 ロウ 」!
また一声、声は名を呼ぶ。今度は強くはっきりと耳に届いて、ロウは声の聞こえた方へと視線を向けた。
空はロウの眼と同じ色合いに染まりゆく。空の藍色に射すのは、一筋の星の光芒。
「声の出所は、あの星か……」
「ああ。……さあ、そろそろ本当に目を覚ませ。呼ばれたからには、応えてやるがいい」
竜血はそう言って頭を上げるとロウの背中に額を付けた。
ぐい、と背中を強く押される。抵抗することなくロウがその重みに体を預けると、人型を取っていたロウは竜の側面の獣型に吸い込まれ、姿を変える時と同様にして一瞬溶けあうと、また新たに形を結んだ。
再生されたのは銀の翼の獣。竜の鱗と角を持ち、青の混ざる白銀の毛並みを持った、幻竜でも、純粋な竜でもない、ロウのかたち。
ゆるりと、顔を上げたロウは翼を広げて空に爪を立てる。
もう迷いはない。失った者たちのことは、常に忘れず心の内で想っていればいいのだから。
星をめがけて、銀の翼が飛び立った。
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