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第十一話『幻竜の将』 4
「ロウ! 起きろ、目を覚ませ!」
呼び声に、ロウは引き戻される。意識が戻る一方で、内側からは彼を喰らおうとする毒が解けていった。
「……う」
ロウの意識がぼんやりと夢から覚めていく。身体の感覚が過去から現在へ戻って来る。戻らなくてはと思う気持ちが膨れ上がると、瞼が次第に軽くなって眠りから覚めるための道筋をつかみ取った。
「ロウ! お前……っ、自分の声は反動が強いとか言って中々使おうとしないくせに、何であんな出力で声張ったんだ! あんなの相手だったら手加減しても良かっただろ。疲れてる自覚無かったのか! おい、聞こえてるか? ロウ! いい加減、さっさと戻ってこい!」
呼びかける声には穏やかさなどないというのに、含まれる声の中には気遣いがある。気づいたロウに、内心小さく笑うだけの余裕が戻った。
――ああ、……心配してくれてたって、言ってたな、そういえば。
ロウの耳に届くセイの声が強く聞こえるようになると、ロウの中では次第にざわついていた雑音が消されていった。
「…………、イ」
何度目かの呼びかけと、軽く頬を叩く感触にロウは目をうっすらと開いた。
「俺の声は届いたか。ロウ」
問われ、詰めていた息を吐いてから頬に触れていた手を取ると、ロウは小さく頷く。
「 セイ 」
呼ばれた名には様々な感情が入り混じっていた。ロウも意識して吐いた言葉では無いのだろうそれは、呼ばれた側が、自分の名にしろと言われて向けられた特別意味のある言葉であった。
「ああ。……それは俺の名前だ。お前がくれた、俺の名だ」
名前を呼ぶ声は、セイの耳に届くと内側でじわりと広がり、はっきりと形を結ぶ。首筋がざわめくような、けれどどこか落ち着くようなこの不思議な感覚は、何と言葉にすればいいのかわからない。
不快ではない。いや、不快を感じさせる呼び方もあるかもしれない。けれど、今ここに自分があるのだと、居ていいのだという安心感に満ちている。これを、もう二度と聞けないと覚悟しなければならないということは、どれだけ辛いことだろうとセイは思った。
「名前をくれた時以来だな、そうやって呼ばれたのは」
「……呼べなかった、からな。……俺はこう見えて、臆病者なんでね」
久々に聞いたとセイは言う。名付けておいて呼ばないのは理由があると思っていたけれど、今ならその理由もなんとなくわかる。
怖かったのだ。この男は。
ロウは二度と名を呼ばれることは無いと諦めていたはずだ。同類の声持つセイが現れて、小さな期待を持ってしまった。けれど期待は期待でしか無く、確かめたら壊れてしまうかもしれないと思えば、ためらいが生じてしまう。
名を呼びかけて名を呼び返してもらえる確証を、ロウは今のセイに持てなかったのだ。おそらく、セイの声はまだ少し未熟なところがあったから。
「もう少し声の使い方を上達させないと、まだうまく呼べていない気がするけど」
伝わっただろうかと問う言葉に、ロウは起き上がって頷いた。
「充分だよ…………、充分、届いた。……久しぶりだ、こんな感覚は……」
ロウは鼻先をするりとセイの頬に擦りつけると、数多の感情を込めて、ありがとうと一言告げた。
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