第十一話『幻竜の将』 6

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第十一話『幻竜の将』 6

「……なんだ、急に」  深紅の眼がロウを覗き込む。 「お前がここに流れ着いて、気を失って……。そう、意識が戻ってすぐの時だ。私がお前に、何か欲しいものがあるかと問うたら、『強い群れが欲しい』と返してきた」  それは今でも変わらないかとトキノが問う。  思い出し、ロウは頷く。ああ、とつぶやいてから蘇ったものを噛みしめて、答えた。 「変わらない。……理不尽を向けてくる奴らに歯向かえる強い群れが欲しい。……そうでなければ、全力で全員が逃げられるだけの強さを持った群れが欲しい。……確かに俺は、お前にそう言った」  強く握りしめられた掌に、ロウのつぶやきが落ちた。 「変わっていないなら、そのまま、心置きなく望むがいい。強い群れを欲して、この国に作りあげて見せろ。私の望み……この国の繁栄と永続に、お前がこの先も力を貸してくれると言うなら、私もお前のその望みを全力で叶えてやるとも」  トキノの声は鋭く、強い。  この国の頂点に座す獣の女王は、幼い見た目にそぐわぬ気配を放ちながら告げる。 「だがねロウ、強い群れを欲するのは良いが、人を多く集めればいいわけじゃない。統率者はそれを束ねて繋いでいかねばならん。……私が思うにお前はまだ、人を集め、優秀な者を拾い上げて、ただ動かしているだけにすぎない気がするんだが」  トキノの言葉に、セイが疑問を重ねて来た。 「それじゃいけないのか? こいつは他者に無理強いをさせることはしない。力でねじ伏せるようなこともない。人を見る目もあるし、好かれてもいる。理想と現実をはき違えることも無い。今だって、この国は悪くなることはないじゃないか。城塞で働くやつも周辺にも人が増えてる。それはこいつを慕っての事なのに。……あんたは、それでもまだ何か足りないっていうのか」  セイの問いに、トキノはそうだねと肯定を返した後で、ふわりと笑みを見せながら答えた。 「ああ、従う側はそのまま信じてついてきたらいいんだよ。彼らやお前がロウに向ける信頼は私も疑いようがない。でも、私の見立てでは、そう。お前の言うように今までのこいつには足りないものがあったのさ」 「え……?」 「なあロウ。お前もわかっているだろう? これは机上遊戯じゃない。……今のお前に、私の臣下であり、統率者である自覚はあるか?」  トキノは問う。その意味はセイにはまだつかみきれない。 「お前自身は、今、何者だ?」  問いに、ロウは答えた。迷いなく、はっきりとした声で。 「俺はこの国に、そしてこの国の女王に仕える、竜将だ」 「何を望む」  問われ、ロウは首元に触れた。 「俺の居場所と、強い群れが欲しい。……俺はそれを全力で守って、ここで、生きたい」  それが彼の中にある竜の本性なのか本能なのかはわからない。それとも獣人なら誰しも持つ考えなのかも知れない。けれど群れを造り、そこに在るというからには、ロウも群れを率いるために変わって行かねばならないと言う。 「……ああそうだ。気にしなくてもいいことに耳を向けてはいちいち怯えて。群れをより良くしていきたいと言いながら、牙を剥けてくるかもしれん理不尽と、正面から戦う覚悟も足りなくて。本当は必要な事を見て見ぬふりをするような、そんな子供のお遊びの延長でやり続けたら……。新たに守りたいと思えたやつらも、もっと良く作りあげたいと思ったものも、きっとあの時と同じように失われる。亡くすことも、疑われることも、嫌で怖ろしくて、今までいろいろと抑えてきたが、それも終わりだ……」  変えられるきっかけはさっき、セイにもらったばかりだからなと、ロウは呟く。しかしまだ納得いかない顔のセイに、ロウは苦笑した。 「やることは今まで通りにやる。でも、俺自身の目線と考え方をちょっと変える」 「……?」  寝台から抜け出ると、ロウはセイの肩を引き寄せて内緒話をするかのように低く笑いながら言った。 「もう迷いはない。…………本気を出してやるってことだ」  そんなロウの言葉を聞いて、トキノはロウの脇腹に飛びつくと声高に告げた。 「それならば良し! ただしお前が作るその群れが最後に守らねばならんのはこの国、この私だぞ。そこだけは間違えるなよ!」  その言葉に、誤魔化しもせずわかっていると答えてから、ロウは両腕で二人を強く引き寄せた。 「……ここで、お前たちに会えて良かった」  きゅう、と喉元から甘い音がする。セイは少しだけためらいながら、トキノは慈愛に満ちた笑みを浮かべた顔でロウの背を撫でた。 「……なあ、ロウ。我が幻竜の将」  幼い中に恐ろしいほどの強さを含む声が言う。 「お前はお前の本能に忠実で、より貪欲であるがいいさ。……それがこの国に益である以上、私もセイも、もう悪いようにはさせないから」  ――自分と、私たちを信じてお進み。  トキノの、女王としてのその言葉に、ロウは頷き、短く、ああと返した。  乾いた土にしっかりと水が行き渡り、荒れ野に草花の芽吹くように。その声にあったのは先へと向かうための、確かな決意だった。
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