第十二話『谷と崖の国』 2

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第十二話『谷と崖の国』 2

 谷と崖の国(ヴァリスコプ)は、ノシナ大河の本流と、リーパルゥス側から流れ出る支流ノウォー川の合流地点を有し、山と海とを繋ぐ陸の街道の通る国である。  川沿いから見ると、その名の通り切り立った岩山と崖、大河へ注ぐ川が刻んだ複雑に入り組んだ谷が存在しているが、大河から離れた内陸側から見ると、台地の上に平坦な土地の広がった国であることがわかる。  川沿いの谷には漁村が多く、岩山と崖には山肌に張り付くようにして果樹園が並び、平地では街道を中心として商業が盛んに行われる街が、外れでは農地や牧草地が広がっている。どの地域でも所々に背の高い見張り用の塔や櫓が存在し、街は幾重にも重なる城壁に囲まれていて、一見平和に見える光景の中に強い警戒を感じる色があるのもこの国の特徴だ。 「川沿いから見る景色とだいぶ違うな。……もっと寂れた国なのかと思ってたけど、ずいぶん大きい街がある。……あの高台にあるのが城か?」  西の稜線へと落ち始めた陽に向かい、リーパルゥスの国境となる小さな山を一つ越え、緩やかに伸びる丘の上から街へと向かう道。  馬車に揺られながら見る景色に、セイがぽつりとこぼした。 「そう、あれがヴァリスコプの王城だよ。あまり交流も無いから私も直接出向くのは初めてで時間が読めなかったが……、うん。このまま進めば夜になる前に着けそうだね」  セイの言葉に返したのは、向かいに座っているトキノだった。 「隣の国なのに付き合いが無いって、国同士って、そういうものなのか?」  セイがまた一つ疑問を投げかけると、トキノは頷いて窓の外を指さした。 「この国は、我が国と違って陸路の交易と、ノシナ大河の本流での交易が主流だからね。大河とは支流ひとつしか接していない上に街道とも接しない我が国とはあまり関わりを持たずとも良かったということさ」  リーパルゥスは大きな武力も持たないため、国境付近の警備に重点を置けば国全体に対して強く警戒を向ける相手でもない。その土地でしか手に入らぬ貴重な品が特にあるわけでなく、年に一度海が生まれる特殊な土地も、常に開かれている陸路で栄えた彼らにしてみれば、交流を持ち友好関係を築いておくほどの魅力があるわけでもなかったのだろう。  敵意を向けてこない限りは無視をしていていいと思える国、その程度と見られていたのじゃないかと、トキノは言う。 「向こうの大きな道が見えるかい。あれは竜骨山脈にある小国家を結んで伸びて来て、ヴァリスコプの国土の真ん中を貫いて、国境付近でルプコリス側へ向かう道と南西の国々に向かう道とに分かれる街道だよ」  遠くうっすらと東の山脈から続く道は、ヴァリスコプの街へと向かって行く。その先で道は二手に分かれ、また別の街道へとつながる道になる、と、トキノは言って、空中に小さく線を描いた。 「ルプコリス側に向かうのは、大陸西側でも三本指に入るくらい大きな港を有する国、海の国(リーストゥーラ)へ、南西へ向かう道は最終的にリューミャへ行きつく。大河は本流も支流も使い道がある。ここは昔からそういう重要な場所にある国だったから、国の中にある部族間の覇権争いが絶えなくてね。王族とて例外なく、常にその争いの中にあって、先代の王の時まではかなりの兵数を王都近くに控えさせていたそうだ」  ルプコリスよりも狭い国土でありながら、一時期はルプコリスに勝る兵力を要していたこともあると、トキノの記憶には残っている。 「隣にあるのに詳しい話がなかなか入って来ないものだから、私が知っている限りだとこの程度。ロウは未だに王族も家臣も戦気質が抜けきっていないはずと言っていたけど、……アウルクス様の口添えがあったにせよ我らを懐に招いてくださるのだ、王は話ができる人と思いたい。私もこれを機に良い関係が作れたらと考えてはいるんだがね」  遠くに沈もうとする夕日が道沿いに植えられた木々の影を長くさせる。その木々の合間に見え隠れするのは夏へと向かい青みを強めた田畑の波と、直線的に整えられた水路の並び。遠く、僅かに低い位置に見える城壁に囲まれた中には赤い煉瓦の街並みが密集し、はっきりと見えるようになった街道には、大きな荷を乗せた荷馬車がいくつも行きかっている。  整った道や水道、大きな街。豊かに広い田畑の波。川沿いからはわからなかったが、この国の豊かさはリーパルゥスの比ではない。  戦気質の持ち主が王にあって、一見すれば穏やかに見えるこの景色を作れるものなのだろうか。セイは思ってトキノに尋ねた。 「王は……、どんなひとなんだ」  夕焼け色に染まるその土地へと視線を向けて問うセイに、トキノは答えた。 「種族は、鳥類属の大鷲だったか隼だったか。とにかく猛禽類の種族だ。……現王に関して私が聞いた事があるのは、急に起きた代替わりの原因と結果に関することくらいだな。先代の王の『武力で統治する』というやり方が気に喰わなかったから、自ら軍を扇動して先頭に立ち、『武力を以て』王位を奪い取ったのだと言うんだ。戦気質があると言えばそうなのだろうけど、今は軍縮を積極的に行っていると聞くし、アウルクス様曰く、本人は争い事がお好きでは無いってことだから、よほどの事があったのだろうね」  はぁ。と想像するに追いつかぬ像を描こうとしていたセイの前で、トキノは笑みを見せて続けた。 「あと、アウルクス様から話を聞いた限りでは、……たぶんロウと気の合うお人だろうなというのが、私の感想だな」 「……ロウと?」 「ああ」  答えて、トキノは面白そうに笑みを見せた。 「さっきのあんたの話だけだと、ロウと気が合うという接点が見えないんだが……」 「うーん。私も言葉にして説明するのは難しいな。だから、会ってみるのが少し楽しみでもある。お前たちの時の一件もあるから、手放しで、とはいかないが」  とトキノは言って、続けた。 「ああそれと。現王本人はあまり好ましく思っていないようだけど、……先王が命までは奪われずに国内のどこかで未だご存命ということもあってね。兵や国民には親しみを込めてこう呼ばれているそうだ、」  ――姫王様、と。  呼ばれた女性は振り返ると、嫌そうな顔をしてため息を溢した。
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