第十二話『谷と崖の国』 4

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第十二話『谷と崖の国』 4

 翼の主がヴァリスコプの王城へと降り立って間もなく、馬車で向かっていたトキノとセイもまた王城へ辿り着いた。  馬車を降り、噂に聞くばかりのリーパルゥスの幼女王の姿に戸惑いを隠しきれないヴァリスコプの兵に案内されながら、明るい松明の照らす門へと向かいトキノとセイも進んで行く。  王家の象徴である大鷲の紋章が大きく刻まれた門を潜り、城の中に進む手前の広場には、先ほど着いたばかりだというロウがアウルクスと共に二人を待って立っていた。  鮮やかな赤と金の糸で刺された細かな刺繍と、襟元には鈍く光る金と燻した銀の入り混じる双尾の狼の紋章。見事な装束に身を包み、王の威厳を見せるアウルクスに対し、失礼に値するほどではないにせよ、できる限りの礼装と思わしき姿のロウは、肩から何やら紙筒を下げて抱えていて、一見するとどんな組み合わせなのかと思わせる並びであった。 「ロウ。アウルクス様」  細い手を振り上げて呼びかけるトキノの声に、ふたりが顔を向けた。 「やあトキノ。ご足労ありがとう」 「貴方のお誘いですから、断るわけにいきますまい」  鈍く光る金の髪をまとめ、王の正装に身を包むアウルクスに対し、トキノは深々と頭を下げて挨拶を交わした。彼女もまたいつも身に纏うふんわりとした衣装ではなく、礼装の中でも仕立ての良い、彼女の金の髪色がよく映える鮮やかな赤を基調としたものを身に纏っていた。 「今着いたのか」 「ああ、陸路は長いな。空を行く倍以上だ。おかげで尻が痛い……」  馬車は苦手だとぼやいたセイに、ロウは笑って見せた。 「悪い。俺は仕事と用事を片付けて来なきゃならなかったし、トキノを荷物と一緒に抱えて飛ぶわけにいかん。かといって別のやつをつれて来るわけにもいかなかったんでな。……付き添いありがとうな、セイ」 「うん。でも、次があるなら、お前が馬車に乗ってくれよ」  ロウとセイが笑い合う横では、王同士の挨拶が交わされていた。それも短く済み、城へ案内しようかとヴァリスコプの兵が動いたのを視界の隅で捕らえたアウルクスが、少し時間をくれと言って止めさせた。 「トキノ。竜将にも先ほど話したのだが……」 「何か?」  見上げる深紅に、不思議な色合いに光る菫色の眼が向かう。 「リュラウェが……いや。この国が、以前君たちに何か言ってきたことがあっただろ」 「四年前の、セイレーンの一件の事ですか?」 「そう。その話だ。私がそれとなく彼女に聞いた限りだと。君たちの行いに対してリュラウェ本人が怒った、というよりも、家臣が気を利かせ過ぎたことが原因だと思うんだよ。君たちへの申し出がきつい言い回しになったのも、そこらへんの齟齬によるというか――」  話を初めて聞いたトキノとセイは首を傾げた。先に話を聞いていたロウは、複雑な顔をしながらトキノの背後へと回り込む。 「まあ、どういうことか、君たちにもわかるように仕向けて見せる。……できれば、変に警戒したり、最初から話の通じぬ相手だと思ったりしないでやってほしい」 「……? ええ。わかりました」  トキノが頷いたことを確認すると、アウルクスは話が済んだと兵たちに合図を送った。少し離れた位置で控えていたヴァリスコプの兵たちは無言のまま一礼すると彼らの前へと歩み出し、城の中へと招き入れる。  城の中へと進み入り、とある部屋の前まで来ると案内の兵たちはすいと道を空け、開け放たれた部屋の前で立ち止まった。案内されてきた者たちはそのまま進み、視線は部屋の中、見慣れた顔と、初めて見た顔をそれぞれに捉える。 「お待ちしておりましたわ、皆さま」  開いた花のような笑みを見せて城の主が出迎えると、その穏やかさとは一変して、部屋の空気がぴりりと緊張に包まれた。
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