第十三話『三王会議』 1

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第十三話『三王会議』 1

「まずは、いろいろ確認をさせて頂けるかしら」  リュラウェが言うと、大きな楕円の机に向かって集まった者たちが彼女に視線を向けた。 「ルプコリスの謀反人を、ルプコリス王とコルナウスが追っている。相手はセイレーンを連れているため、対処できる力のあるリーパルゥスの竜将が助力に入った、まではいいわ。その謀反人が我が国の渓谷の中に潜伏している、という話も聞いています」  けれど、その後の話だと続けて、鋭い猛禽の眼がトキノへと向いた。 「それでなぜ、ルプコリスではなく、協力を求めた先の国がわたくしに謁見したいなどと動いていたのか。お尋ねしても? リーパルゥスの女王陛下」  まずはそこからと、促され、トキノはにこりと笑みを見せると答え始めた。 「我が国は、青の月であとひと月半ほど先に水上大祭を控えている。今はその準備中だ。国境付近の警戒は行っているにせよ、国境を越えての下流域で揉め事を起こされると、我々としては手が付けられない。ええもちろん、勝手にやっていいというならば我が竜将を自由に飛ばしますけれど。以前貴国に忠告されていますのでね。その点含めて、事を早めに終息してもらうためにも、私からも協力をお願いしたいというところなのですよ。ルプコリスに迷惑をかけぬよう動いたつもりでしたが、いや、我が国の力不足……結果こういう形になってしまった」  トキノの後ろに控えるロウが、さらに続けて発言を求めた。好きに発言しろと促されるとロウは軽く頭を下げる仕草で流し、声を上げた。 「この数日起きている遺体の見つかっていない水難事故、――事故に遭った船は、ルプコリスの民が八名、ヴァリスコプの民が十二名。他の地域から来た船の船員が、二名ほど。……ご存知ですか、女王陛下」 「ええ、存じております。……ノシナ大河の支流を含む中流部で濃霧が続いて、船の事故が多発しているとか」  濃霧の話はリュラウェも耳にしていた。毎年数件は起きる事故のひとつだ。そのたびに濃霧のとき船を出すならば気を付けるようにとしか言えずにいる。今年は特に濃霧の日が続いて、それで事故が増えているのだろう。そう考えて片づけていた話を持ち出され、リュラウェは疑問を浮かべる。 「それが、何か」  問いかけたリュラウェに、ロウは続けた。 「あれは事故じゃない。……アルグ殿の追ってる奴らが、襲ったと見ていいと思う」  何。とリュラウェの表情が険しくなる。それを気にせず、ロウはさらに続けて言う。 「六年前のセイレーンたちと同じだ。……件の男が連れているセイレーンと、その子、数人かは理性の消えかけた獣に堕ちているんじゃないかと俺は思う。――セイ、お前の考えは」 「ほぼ間違いないだろうな。何がきっかけであったにせよ、人を襲うまでになってるなら」  セイが答えると、ロウは頷き先を進めた。 「このまま放っておいたら被害は増えますよ、ヴァリスコプの女王陛下。しかも増えるのは我らの国の民じゃない、……ヴァリスコプの民だ」  声に含まれるのは僅かな威嚇。そして警告。相手を縛るほどではないが、以前のロウならそんな声を見知らぬ相手に向けることは無かっただろう。  無言のまま、声の気配を察知したセイがロウへと目を向けた。視線に気づいたロウは口元だけで小さく笑う。 「昨晩、アルグ殿とコルナウスの手で件の者たちを我が国の国境まで誘い込んでもらいました。先ほどの話は捕虜にした者から得た話です……。その他は結局逃げられてしまいましたが。その時俺が威嚇したのであの船にいる戦力はもうリーパルゥスには近づこうとはしないでしょう。……けれど、今潜伏しているこの国の中では、俺はどうすることもできない、意味がお分かりいただけますか?」  黄昏時の空色が真っ直ぐリュラウェに向いた。揺らぎない強い眼差しで。 「わたくしを脅すの? ならばわたくしは、貴方がその追い込みで身を守る術を固めつつ、我が国に害を与える条件を作ったと取るけれど」  挑発と取ったリュラウェが返す。金の眼は猛禽が獲物を狙うかのように鋭く光った。 「まさか、そこは結果論ですよ。……俺たちは連中が抱える戦力が知りたかっただけだ。戦力に関しては程度が知れた。だが、今のままでは俺は自国すら守れない」  どういうことかと、リュラウェが目を向ける。  それに答えたのはトキノだった。 「ヴァリスコプの女王。貴女にご理解いただきたいのは、我が国の民が直接襲われることは無いにせよ、このままだと我が国全体にも支障が出るのは間違いないと言うことだ。実際、我が国に物資を運ぶ船も襲われたようで、少しばかりの支障は生じ始めている。……水上大祭は我が国の民にとって一年の半分以上を生き抜くための糧を得る場所。それを中止に追い込むような事態となれば、我が国は半死も同然となる」  その言葉にリュラウェが僅かに眉を上げた。  そこにロウが重ねて言う。 「この案件は、元はルプコリスの話だ。……貴国と、ルプコリスの間で話が済むのなら俺たちは引っ込みますよ。他国に兵力を貸すこと自体、本来ならばあまり好ましい話じゃないですからね。ただ、もとはと言えばルプコリスの兵には……貴国の兵もそうでしょうが、セイレーンに対処できる者がいない……」 「つまり、貴方が動ける形を取らなければ、どの国も被害を生じると言うことね」 「ええ」  ロウは話を止め、それ以上は何も言わなかった。  リュラウェは僅かに何かを考え、そして小さく溢す。 「……大体は理解できた。でもまだ、納得いかないわ」  自国の民が襲われている。それを守るために兵を出すことは可能だ。だが、あくまでそれは警備の範囲であり、他国が動くこの案件にリュラウェは自国の兵の爪も牙も与えることはできなかった。  それを、ルプコリス側が望んでいないこともわかっている。兵を出したところで、警戒はできても対処ができないのだ。ならば、とさらに問う。 「では次に、ルプコリス側に尋ねます。追い詰める先がなぜルプコリスの国内ではいけないのかしら。他国の国境まで誘い出すことが出来たなら、自国へ誘い出すことも可能なのでは? 答えて頂けるかしら、コルナウスの長、……いいえ」  そこまで言って、リュラウェは言葉を変えた。 「今は、アルグント親王陛下、もしくは、ルプコリスの影王とでもお呼びするべきかしら」  そう呼ばれ、アルグは片耳を僅かに横に倒して見せた。
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