第十三話『三王会議』 2

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第十三話『三王会議』 2

 今、アルグの着込んでいる装束はコルナウスを束ねる長、軍人の最高位の装束ではなく、さらに上。王族の纏うものであった。銀糸で刺された双頭の狼の刺繍の紋章は、彼の持つ個人を指す紋であり、弟であるアウルクスの着込む衣装に刺された、双尾の狼と対になる。  表に立つことのないルプコリスの第二の王、それが、彼のもう一つの姿であった。 「……そうきたか」  アルグの立場は皆知っているとはいえ、ここではその立場で語れと強く命じる彼女の言葉に、一同はそれぞれに驚きの顔を見せた。 「その装束を着込むからには、より強い立場からのお願いなのでしょう? ――そういうのは職権乱用というのではなくて?」  さらにきつく睨みながら問う言葉に、アルグが答えた。 「土地に関する事で言うならば、我が国の土地よりも、貴国の方が優位になるから、とお答えしようヴァリスコプの姫王。地の利に関しては、オレよりも、ロウ……。リーパルゥスの竜将に聞いてくれ」 「……まあ。そんなところまで他力本願なのね。狡いひと」  嫌な雰囲気のまま促されると、ロウはひそりとアルグに声をかけ、この険悪な空気をどうするのかという目を向けた。 「あんたら……、仲が悪いのか」 「まあそれなりに。……大丈夫、貴方なら話も合うでしょうし、噛みつかれたりしませんよ」 「あのな……。まぁいい。説明はこちらで致します……これをご覧ください」  ロウはため息混じりに抱えていた紙筒から大きな紙を数枚取り出すと、卓上へ広げて見せた。乾いた音と共に広げられたものを見て、リュラウェは、あら、と声を上げた。 「ノウォー川周辺の地図ね、……これは……」 「はい。これは……」  説明を始めようとしたロウの言葉より早く、リュラウェが口を開いた。 「風と、こっちは水の流れ。……これだと青のひと月前まではいかない、……二十日ほど前から、現在の流れといったところかしら」  金色の視線が地図に落ちた瞬間、リュラウェはさらりと地図に書き込まれた幾筋もの線が何であるか、いつ書かれたものかまでをも答えて見せた。  問うでもなく、教えるでもなく。返された言葉にロウは驚き、一瞬言葉を失った。 「水流の読み方は熟練の船乗りの眼が見たものに近い。……この眼なら風読みも得意でしょうね。書いたのは入り江の行き来に慣れた船乗りかしら? でも風を読んで書いたものは……違う視点だわ。癖があるけれど、よく描かれていること……。ここまで繊細なのは翼ある者が実際飛んで描いたのね。……これは貴方が描かれたの?」  すらすらと口にするリュラウェの眼は地図から離れず、けれどロウへと問いが向いた。 「……いえ。水流の書き込みは俺の部下で、おっしゃる通り、以前は船乗りをしていた男に描かせたものです。……風に関しては、あいつが」  驚きを隠せぬままに答えて、ロウはトキノの後ろで立ったまま控えていたセイへと視線を向けた。  リュラウェも続いて視線を上げた。見据えられて、セイは僅かに後ずさる。 「貴方、四年前の生き残りですって? アルグから話は聞いているわ。……惜しいこと、早くわたくしの国で保護しておけばよかった。……独学でこれなんて、教え込めばかなりの眼になりますわよ。ねえ、リーパルゥスの女王陛下」  にこりと、リュラウェはトキノへ向けて笑みを見せた。それに対してトキノもまた笑みを返す。 「差し上げませんよ、これがいなくなると、我々が困りますのでね」 「あら、残念」  射貫く視線に、セイが後ろ髪をざわつかせる。女に対する嫌悪からではない、強い獣に対する恐怖に近いものを感じてのことだ。  未練を残したような眼を背け、リュラウェがロウへと再び向き合った。見上げているようでどこか見下すような視線を、ロウへと向ける。 「……それで。こんな中途半端なものを見せて、わたくしにどうしろと?」  リュラウェの言葉に、ロウの何かが切り替わる。視線でアルグに合図を送り、手にした赤い小石を地図の上に置いた。  たん。と置かれた小石の小さな音を合図に、議場は張り詰めた空気に包まれた。
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